9話・これも友情

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9話・これも友情

  熱い日は続く。まだ記憶は憲治のことを前面へ持ち出す。 (ちゃんとした型で、あんなことはするのが普通よ。憲治さんもおかしいわ)  女性への礼儀も思慮もないと、あらためて確認したい。あれを恋慕の情と一緒にできない。 (私を軽い女とみて、あんなことをしたのかしら)  手馴れた調子で口説かれるのも興ざめするが、それなりの言葉と演出は必要だと思う。場所もわきまえず暴挙に及ぶ男性心理がわからない。それでも、次の休みの日にみた彼の姿は人柄を現している気もする。それは、最初会ったときから感じていること。  早苗の言葉を思いだす。ただ女性を求める気持ちで、憲治も単純に行動したのか。応じる女性もいないと信じる。もうひとつ、女性で男性が変わるということは、まだ理解できない。女性にあるものを考える。 (憲治さんに会いたいとも思わないけど、なぜ変なことをしたのかしら)  前の恋人のように割り切れない。どうやら嫌いになりきれない部分もあるみたいだ。それが早苗のいうものだろうか。 (違うかもしれない)   もっと女性の根深いところにある言いかただった。素直に従おうにも、それを感じ取れなかったらどうしょうもない。少なくとも、新しい恋へすすむには心の中が整理されてなかった。  帰り道を物思いにふけて歩く。まわりは賑やかで携帯電話の店が三軒並び、集合レンタルショップがある。裏に広い駐車場があり、人材派遣から自転車まで、が謳い文句だ。  庇の下にあるベンチで赤ちゃんを胸に抱く女性。ちょうど日陰になり、三脚備えられている。美咲も他人なら素通りしているが、見覚えがある背格好で、泣きそうな顔。奈美だった。 「ミキ」  顔を上げ気づいたか、すぐ声をかける。仲が悪くなって会ってないわけでもない。 「ナッチ産んだんだ」  自然に愛称も出た。おめでとう、と付け足す。妊娠しているのも知らなかったが、成人式は来てなくて、なぜだろ、と思っていたけれど、ほかの友達や佳子とのお喋りで、消息を詮索するのも忘れていた。籍も入れて安定した生活なのか不安だけれど、奈美の表情に暗さがない。 「もう二ヶ月。良い音楽を聴かそうと思って」  音楽が好ましいのは胎教だけではない、と子育ての勉強には熱心だと笑う。 「良かったね。へぇー」  あまり意味もないことを言いながら、右に座り赤ちゃんを見れば、あくびひとつで合図してくれた。  公務員だよ、と奈美は自慢げに話す。年上で結婚歴があるけれど死別だったらしい、とあのろけ交じりに言う。 「安心だね。じゃ、共稼ぎでもないんだ」  記憶が蘇る。奈美は親が昼と夜働いていて、一人で家にいるのが多かった。家へ帰るのに億劫な美咲とは共有する思いはあったはずだが、遊びやつまらないことで言い合いしていた部分もある。 「寂しい思いをさせたくないよ。この子には」  赤ちゃんをみつめる目に、すれていたころの攻撃的な影もない。 「だから、成人式もこれなかったんだ。おとなになって会えば、高校時代のことを少し冷静に話せると思ってた」  なにか話がしたい気持ちもあったのは確かだ。思い出よ、と奈美はわだかまりもない言いかた。 「そうだ。おめでとう」  なんのことか 覚えもない。 「なにかした」 「区間賞て、凄いよ」 「それか。うん。ありがとう」  今頃からでも良いだろうと思う。当時付き合いはなかったし、別々の世界にでもいるような仲みたいに感じていた。 「私だけいい子ぶったみたいで、友達として駄目だね」  照れながら謝る。やはり仲間を抜けたことで美樹の立場も気まずくなった感じにみえていた。 「言うものには言わせておけばいいさ。ミキがまともなんだから」  やはり、親友だろうとか、いろいろと非難されたらしい。それを聞く機会もなかったわけだ。親友なんてものじゃない、と奈美も思っているはず。 「だから。ミキ、勘違いしてる」 「なんでよ」  奈美にはなにか言いたいこともあるように見受けられる。 「なんというかな。小さいころから一緒だから。親友に遠慮してるよミキは」 「保育園から一緒なのも多いし」  それだけで親友とまでは呼ばないはず。 「忘れたならいいんだ。私はかまわないし」  遠くを見るけれど、笑顔を向けてウィンクした。そんなに仲が良かった時期もあっただろうか。記憶を検索やりだした頭が不安感を伝える。 「ずっと昔かな。あまり思いだしたくないよ」  いつも寂しがっていた。幼いころなにかを封印したはず。 「憩で働いているの」  奈美が話題を変えようと、制服に視線を移す。 「ちょうどレジの募集があったから」 「強くなった。ミキも。そうしてみんなおとなになるんだね」  納得したように深くうなづく奈美。むつかる子供をあやす。 「苦手だったなー。スーパーは」  なんとなく行きたくないと思っていたが、記憶の断片が蘇る。おとなの女性に連れられる子供には、同じ年ごろや、ちょっと上の知り合いもいた。父や祖母と歩くのとは違う雰囲気があるのに気づいてもいた。それを見るとなぜか、夜道を迷い子になったような不安にかられたのだ。 (そうか。保育園)  奈美とよく遊んでたのを思いだす。何をしていたのかわからない、ぼんやりした記憶だが、二人っきりだった。 「そうか。保育園でいつも遅くまで遊んでた」 「べつにいいけどさ」  奈美も今度は関心がない口ぶり。 「ミキもいい人をみつけて、子供を産んだら。子育てなら教えてあげる」 「まだ早いよ。教わると言えば、うん。あったね」  思いだした。記憶の中でも一番奥深いあたりから浮かんできた。寂寥とした場所は、そのころ出来たのであろう。押さえ込まれていただけ、鮮明に見えるみたいに脳裏へ映る。
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