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10・恋は不思議
一日中レジの前にいるだけではない。搬入した商品を陳列するのも仕事。雑貨の並ぶ通路には陳列棚の前にティッシュペーパーの箱やペットフードの入る籠などが置かれる。
正樹が、ジーンズに淡い桃色のブラウスを着る客と話していたけれど、美咲が近づくと女性は向こうへ歩き去る。
「サヤナさんでしょ」
高校生のころアルバイトしていた小泉紗八菜(コイズミサヤナ)。正樹が口説いたとか、すでに男と女の関係だとか噂はあった。買い物に来るのもよくみかけるが、このように彼と会っている場面はレジから窺えなかった。
「だれのことかな。さてと、そこの犬用の缶詰をお願い」
とぼけて冷静を装う正樹。美咲も個人的に関わりたくない。一方ではなにを話していたか知りたい思いもある。いつものように誘われたら、よほど嫌悪を持たせる相手でないかぎり悪い気もしない。食事ぐらいなら、と心の片隅では思っている。二人っきりになる場面を避ければ、憲治みたいにならないだろう。
(でも、これって危ないよね。そんなから恋になるかもしれないし)
それは、あまりにも品がなく投げやりな選択とも考えていた。ただ、憲治と会わなくなってから、正樹へ少しは友好的になったのも確かだ。
だけれど、記憶の最前列にまだ憲治は位置している。別のペットフードを使っていると言ってたが、あれから種類も増やした。ペロの食べているのはほかにあるのだろうか。店に置かれているもの以外は、種類に詳しくない。
直輸入とかだろうか。憲治も見に来そうなもの、と思う。内心では、無礼を詫びに顔をみせないかと期待していた。勤める場所なら、だれでも気軽に来れるスーパーマーケット。
(謝って欲しいとかじゃなくて、なにか違ってたと思う)
人間関係は続けていれば良いことも悪いこともあるのを知っているつもりだけれど、それを断ち切ったから未練となっているのだろうか。
レジに戻れば、紗八菜が上半身を心持ち弾ませるように正樹のところへ行く。背丈は美咲より高いが、平均より下だろう。少しふくよかな感じは、おとなになれば引き締まったスタイルになると予想させる。
(噂が本当で、サーヤは忘れられない、と。それで安浦さんも困っている、と)
恋心も厄介だが、戸惑いもする。紗八菜を気にしているのだ。早く帰ってくれ、とも思っている。変な対抗意識でも持ったら恋の道へ足を踏み入れてしまう。
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