2話・邪魔する者は

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 痴漢が出るからと公園へ行くのを止める美咲ではない。仕事も終われば無駄話などしないし、買い物を忘れることもたまにあった。弾んで走りたいのを我慢して歩く。  昨日は親しくなるのに成功した。余韻が残る今日こそチャンス。犬のことを話した思いが憲治にまだ残っているはずだから、同じ言葉を繰り返せないだろう。今度は、美咲も自分のことで話題はあがると、昨日から続く会話の気がする。  十字路を左へ曲がったところで、スーパー憩、と書かれた袋を提げる七人の集団。小母さんの一団はそれぞれ前後したり横へ広がったり器用に、ゆっくり進む。近くに住む顔見知りの客に違いない。なまじ追い越せば、声をかけられて、話し相手にさせられる。その経験が何度もあるから、なるべく避けたい。  しかし、彼女たちは木魔王並木へ曲がった。 (お家に帰るのよ。ほら、買い物したあとだし)  声にしないで呟く。早く夕食の支度をして、とお願いしたい。ところが、公園の入り口で柵の土台へ腰かけてお喋りを始める。それだけなら許そう。といっても許諾の権利はないのだが。 「あれ。スーパーのお姉さん」  ふくよかな小母さんが親しそうに声をかける。仕事は終わったの、と無駄話の前置き。いつも利用してもらっているが、孫が幼稚園に入ったなどと、お喋り目的で買い物をしているようにも思える。一時間前に美咲が精算したが、なにをしてこの時間にここへいるのか。冷凍のサンマは溶けると思う。豆腐を崩れないか気にしていたから別にしたが、どこへ持っていったのか。それをたずねるのも失礼ではあろう。 「いつもありがとうございます」  客への礼儀は通す。それでも関わりたくないから、遊歩道に入った。だけれど、砂糖が安売りするのはいつか、と訊いて来る。特売品は前から決められているので、知らないわけもないが、事前に客へ教えられない。  公園の奥へ行きたいが、憲治を見逃しては来た甲斐もない。たまにあることだ、と微かに息を吐いた。 「銀行のお兄さんだ」  彼女たちの顔が並木道の奥へ向く。美咲にも見えた。憲治がいつものジーンズに草原みたいな模様が描かれた白いシャツ姿。小母さんたちは立ち上がり、犬へ話しかけながら取り巻く。憲治もペロをかわいがってくれるのは歓迎する。笑みを浮かべて、小さいころから犬は好きです、などと応対する。夜は吠えるの、名前は。それへ丁寧に答えた。 (あなた方に関係ないでしょ)  美咲は頭の中だけで怒鳴る。彼女たちにとって家へ帰れば忘れる時間つぶしの無駄話。それなのに相手しないと、人付き合いが悪いなどと噂を広げる達人も多い。  銀行のことにも話は及び、頭を下げたり、説明したり、憲治も笑顔を絶やさない。美咲が話すどころか、目も合わせられない。 「散歩の途中ですから」  彼も関わり合うのに限度があるらしく、姿勢を正して言う。ペロを急かして、銀行で見かける真面目な顔で歩き去る。  美咲は、遠く眺める後ろ姿に、また明日ね、と心で呼びかけることしかできない。  小母さんたちは、そろそろ行こう、と土手に置いたままの荷物を手に取る。そして、来た道を戻る。なんだよ、とは言えないけれど、ほかにも休める場所はあるから紹介したい。とっくに知ってもいるだろうが。この時間この公園へ来る理由はないのに、と他人の気まぐれに八つ当たりもする。  待ち合わせですと言える仲でもないし、知り合いだと話に割り込むと、どのような噂を広げられるか。美咲としては、銀行員とスーパーの女の子が親しいらしい、という話題は歓迎もしたいけれど、まだ憲治のことを知らないのだ。特に世間の噂は、おもしろく当人を陥れるのが目的だから良いほうに向かうはずもない。  公園には偶然に居合わせた恋人たちとか、赤ちゃんをあやしにきた方などもたまにみかける。遊びに足を伸ばしてきた子供たちさえ、他人だと弁えて、邪魔になることはしない。 「もお。なによ」  何度か溜め息とともに吐き出した。
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