私刑

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 数年前、政府はこれまでの統治機構だけでは国を、国民感情を治めるには不十分だと考え始めた。公安当局による取り締まりの強化、処罰の厳格化をもってしても、市民の政府に対する怒りは一向に収まることは無かった。 「政府発表です。この度、コミュニティー内において、犯罪者と見なされる者に対し、公安による拘束前に、秩序維持の目的で、一般市民による処罰が解禁されました。」 突然の発表だった。暴動や革命が起きるぐらいなら、ガス抜きとして憤懣を爆発させる矛先を、苦肉の策として政府が企てたのだった。 「どうせ荒廃した世の中だ。今さら驚くかよ。」 「ま、今は犯罪者だけが攻撃対象だけど、そのうち、意思統一が成されて、一気に政府に向かうだろうよ。」 捉え方は様々だったが、その制度に対して異を唱える者はいなかった。そして何より、秩序を失い、荒れ放題だった世の中が、正義を渇望する民衆によって、治安を回復する事態へと転じていった。 「おい、泥棒だーっ!。」 果物屋の主人が、リンゴをかっぱらって逃げる少年を見つけ、思わず声を上げた。以前なら、在り来たりのこそ泥を捕まえる者などいなかったが、 「おい、泥棒だとよ!。」 「ホントか?。」 「よーし。」 と、主人の叫びを聞いた周囲の連中が、躍起になって少年を追いかけた。たちまち少年は数人の大人に取り囲まれて、首根っこを引っつかまれた。 「このガキ!。何良からぬことをしてやがる!。」 「こっちに連れて来い!。」 誰が見ても体格差のある、一方的な暴力だった。しかし、殺伐とした世の中に秩序を取り戻すことに快感を覚えた大人達に、容赦の気配は微塵にも見られなかった。少年の腕からは盗んだリンゴが取り上げられた。そして、 「おい、壁に向かって手をつけ!。」 大人の一人が少年に向かってそういうと、すり傷だらけの少年は震えながら両手を壁に付いた。すると、 「それっ!。」 「バシッ!。」 「おらっ!。」 「バシッ!。」 大人達は手に手に石を持つと、それを少年目掛けて力一杯投げつけた。余程痛かったであろう。しかし、少年は小さく呻き声を上げながら必至に耐えた。そして、一人の大人が一際大きな石を手に取ったとき、 「ううん。」 と、傍らにいた別の大人が、黙って首を横に振った。 「殺しちまったら、寝覚めが悪い。これ位で十分だろう。」 そういいながら、大人達は三々五々に消えていった。少年は怖さのあまり、しばらく動けずにいたが、これ以上石が飛んでこないのを確認すると、その場に蹲って嗚咽した。しかし、痛々しい少年を他所に、通りすがりの人達は、誰一人、彼に声を掛けたり、助けたりしょうととはしなかった。犯罪を憎む行為は、同時に犯罪の芽を摘む感情と一体化していた。 「あんな忌々しい遺伝子なぞ、淘汰されちまえばいい。」 そんな言葉を吐き捨てながら通り過ぎる大人もいた。冷たい視線ばかりが少年に注がれるだけだった。そして、絶望に打拉がれた少年は、ようやく立ち上がると、トボトボと何処かへ歩いていった。暫く歩いた所で、少年は路地を左に曲がった。すると、人通りの無い細い路地の向こうから、一人の少年がやって来て、 「ほれ。これで血を拭けよ。」 と、ポケットからハンカチを取り出して、歩いてきた少年に手渡した。 「・・・あ、有り難う。」 少年はそれを受け取りながら、小声で礼をいった。 「何でリンゴなんか盗ったんだ?。」 「・・お腹、空いてたから。」 「お金は?。」 「無い。うち、貧乏だから・・。」 「ま、景気悪いからなあ。うちも似たようなもんさ。でも、今の世の中、ちょっと万引きしただけでも、酷い目に遭うってことぐらい、解るだろうに。」 ハンカチを渡した少年は、彼を諭した。 「もう三日も食べてなかったし・・。」 ハンカチで血を拭きながら、彼はりんごを盗った理由を述べた。 「やっぱ、腹が減っちゃ、道理もクソも無いか。父ちゃんがいってた通りだな。」 少年はそういいながら、彼の肩に手を置いた。 「それ、やるよ。キミ、名前は?。」 「微(かすか)。キミは?。」 「オレ、禮(れい)。もう盗みなんて、やめとけよ。そんなことで命落としちゃ、割りが合わないからな。じゃ。」 禮はそういうと、何事も無かったかのように、路地を抜けていった。実は、禮は遠巻きに、さっきの騒ぎを見ていたのだった。そして、騒ぎが収まり、怪我を負った少年が路地に向かっていくのを見ると、先回りして反対側から歩いてきたのだった。それほどの気遣いをしないと、今の世の中、自身がどんな目に遭うかさえ解らない、そういう所まで事態は来てしまっていた。 「父ちゃんは、困った人がいたら助けろっていってけど、あんなに誰も助けないもんなんだな・・。」 禮はそんな風に一人呟きながら、街の中心部へと歩いていった。低く垂れ込めた雲は、微かな日差しを差し込む余地さえ与えようとはしなかった。  郊外の道なりに、所々で私刑が行われたであろう様子が、其処彼処にうかがえた。壁に付いた血の跡、倒れ込んだまま起き上がろうとしない怪我人、それを遠巻きに見つめながらも、立ち止まること無く足早に立ち去る人達。死んでいない限り、その場にいては、また投石される恐れから、罪人はなんとか立ち上がりつつ、何処へともなく消えていく。一見、殺伐とした光景ではあるが、その行為の全体を、治安維持のためという、奇妙な善意が覆っている。禮は言葉にはならない違和感を感じつつも、そんなに地上に次第に慣れていった。  街の中心部は、人口が多いだけあって、常に市民が互いに行動を見張る目が、あらゆる角度から向けられていた。それ故、人々は普通の市民生活を送っているようで、それでいて、監視されているという緊張感の元、日々の暮らしを行っていた。 「凄いなー。ゴミ一つ落ちてないなー。」 禮は、妙に秩序立った光景を、綺礼で美しいものという風には受け止めていなかった。幼い彼のめには、街中で談笑する人達の笑顔にも、何処となくぎこち無さがあるように見えた。 「さ、用事だけ済ませたら、帰ろ。」 禮は、自分の住む町には売っていない、とある文房具を求めて、この街までやって来た。都会の大きな文房具屋なら、何でも取りそろえている。そんな期待感に、幾分胸を膨らませていた。しばらく歩いていると、 「あった。」 ショウウインドウに様々なペンが煌びやかにならべてある、大きな文房具屋の前に禮は立っていた。少しの間、陳列されたペンに目を奪われていたが、さっさと用事を済ませた方が賢明だと思い直し、すぐに店の中に入っていった。 「えーっと、製図用のシャーペンは・・、あった。」 禮は普通に売られている安いペンでは、ペン先がすぐに駄目になるのを不便に感じていた。そんな様子を見かねた彼の父が、 「じゃあ、ちゃんとしたペンを買ってこいよ。それなら芯もキッチリ出るし、何より、ペン先も凹まないぞ。」 と、アドバイスをくれた。それを聞いて、禮は貯めてあった幾分かの小遣いを持っていこうとしたが、 「ちょっと高いかも知れないから、ほれ、これ持っていけ。」 と、父が余分に札を渡してくれた。それを受け取ると、禮は丁寧に小さな財布に折りたたんで、自身の小遣いと一緒に仕舞い込んだ。そして、今、目の前にあるペンを眺めながら、それを手に取ろうとした。が、しかし、 「あれ?、誰も立ち止まって無いな・・。」 禮は店内にいる客達が、みんな通路を足早に歩いているのに気付いた。必要な商品の棚の前に来ると、購入する商品だけサッと取って、すぐにレジに向かうのだった。 「そうか!。みんな、万引き犯と思われたく無いんだ。」 そう気付くと、禮も値札の価格を確認して、 「よし、足りる。」 そう呟きながら、欲しいペンだけをサッと手に取り、それをみんなに見えるように右手に持ちながら、レジに並ぶ人々の後方に並んだ。そして、自分の番になると、店員にペンを渡し、財布から必要な金額を手早く取り出すと、それを支払って、素早く店を出た。 「ふーっ。何か、せわしい買い物だなあ。」 禮は溜息混じりに呟くと、早く家に戻ろうと、そのことばかり考えていた。店を出た禮は、表通りを歩いて真っ直ぐに帰ろうと、そう考えた。余所者がちょっとでも変なことをしていたら、裏路地でどんな目に遭うか解らない。ならば、堂々と表通りを歩きながら、何もしていない様子を誇示した方がいい。変な話ではあるが、それがこの街のルールなんだろうと、禮はそう思うようにした。そして、あと少しでこの街から出られると、そう思ったその時、 「ん?、何だろう?。」 大きな交差点の辺りに、禮は黒山の人だかりを見つけた。関わらない方が無難だと思いつつも、幼い禮は、つい好奇心に負けて、その人垣に向かって歩いていった。そして、大人達の足元の隙間をぬって、最前列辺りまで辿り着いた。すると、 「さーて、こいつが噂の大罪人。社員達があくせく働いて築き上げた財を、こいつが一人でせしめていた。違法な搾取の張本人だ!。オマケに税まで誤魔化してやがった!。」 「何だとー?。」 「そんなヤツ、殺っちまえー!。」 「そうだそうだーっ!。」 聴衆は犯罪者らしき人物を地面に這いつくばらせると、さも善行の代弁者といわんばかりに、演説をぶった。その声に呼応するかのように、民衆は一気に血の気が上がった。こそ泥から凶悪な犯罪者まで、人々の自警行為と私刑への熱が少なからず散発しているのが現状だったが、こと社会全体に不快感を与えるべく影響を及ぼす、この手の犯罪に対しては、市民感情は容赦なかった。 「おら!、顔を上げろ!。」 平伏す犯人の七三に分けられた髪の毛を引っつかむと、傍らの男性は容赦なく顔を持ち上げさせ、民衆に顔を拝ませた。 「おー!、こいつかー!。」 「悪党面しやがって!。」 「労働者の苦悩を思い知れー!。」 もう既に投石や暴行が行われたのかして、メガネの片側は粉々に割れ、口や鼻からは血を流し、顔の至る所が紫色に変色していた。  もう大概の刑は済んでいると、周囲の大人達も気付いていた。すると、 「さ、オマエ達、あいつに石をぶつけるんだ。」 大人達は遠巻きに様子を眺めていた子供達を最前列にまで連れて来ると、手に手に腰を掴ませた。 「いいか。罪を犯した者に対して、憎しみを込めてこの石を投げるんだ。悪いヤツは痛みを伴わなければ、その罪の重さを感じない。さ、やるんだ。」 残酷な光景から子供達を遠ざけるのでは無く、大人達はこのようにして、自身の価値観を継承していった。初めは恐る恐るだった子供達も、やがては、 「やーっ!。」 「悪党めーっ!。」 「そらーっ、思い知れーっ!。」 と、罵詈雑言を浴びせながら、その小さな手で力一杯小石を犯人に投げつけた。そんな様子を、禮は少し離れた所から、少し眉間に皺を寄せて眺めていた。極力、大人達が自分に声を掛けないようにと、そう願いながら。しかし、 「お、坊主。さ、オマエもこっちへ来て、石を投げるんだ。」 一人の大人がじっとしている禮を見つけると、最前列で投石をしている子供達に交じって、一緒に石を投げるようにと、手に石を持たせながら促した。 「う、うん・・。」 禮は気が進まなかった。しかし、今此処にいる誰もが、大人も、子供でさえも、みんな一つの意志に取り込まれたかのように、まるで必然であるかのように憎悪の念を抱きながら、犯人を罰していた。 「都会の人間って、どうしてそんなに人を憎めるんだろう・・。」 民衆が歓喜の声を上げながら、善行と信ずる行為を行っていたのに対し、禮はその石を、どうしても犯人目掛けて投げつける気持ちに、いや、思考になれなかった。それは、ひどい目に遭っている犯人が赤の他人であるだけでは無かった。父の言葉が、禮の脳裏を過ったからだった。 「ものの善し悪しなんてな、時代で変わるものなんだよ。昨日まで良い行いとされてたのが、政府や上が変わった途端、悪行にだって成り果てる。所詮、善悪の判断なんて、そんなもんさ。だからな、禮、オマエはオマエの信ずる善というのを、常に探し求めろ。そして、そういうものを見つけたら、それを一生大切に心の中心に据えて生きるんだ。いいな。」 幼かった禮には、父が意図していたことがハッキリとは解らなかった。そして彼自身、未だに自身の信ずる善とは何かを、探し続けている最中だった。 「どうした?、小僧。何故投げない?。」 傍らにいた大人が、禮に声を掛けた。その声を聞いて、周囲の大人達も一斉に禮の方を見た。禮は顔を見上げずとも、周囲の大人達が、自身にみんなと同じ好意をするようにと、そういう圧にもにた視線を自身に注いでいることは、その空気感で容易に窺えた。そして、幼いながらも、禮は頭の中で思い描いた。 「もし、みんなと同じように、ボクも犯人目掛けて石を投げなければ、今度名ボクも同じ目に遭わされる・・。」 そう思った途端、禮は足先から自身が冷たくなっていくのを感じた。そして、それとは逆に、手や脇の下から嫌な汗が滲み出るのを感じた。それに伴い、鼓動も高鳴り、何も遮るものが無いのに、呼吸が苦しくなっていった。 「はあ、はあ、はあ・・。」 浅い呼吸は、脳へ酸素を送る妨げとなっていった。次第に何も思考が出来なくなっていき、ついには禮の体は、ただ胸の中心で臓器が違和感一杯のリズムで打ち続けるだけの、一つの有機体の塊に成り果てていった。 「どうした、小僧!。早く投げろ!。」 「そうだ!。早く投げるんだ!。」 「何を迷うことがある?。そうやって何もしないで突っ立ってるだけで、オマエもアイツと同じ、犯人の賛同者になるつもりか?。」 「そうだ!。早く善行をおこなえ!。」 「そうだ!。」 犯人を見つめていた最前列の民衆も、次第に禮のいる辺りで妙なことが起き始めているのに気づき出した。 「おい!、石を投げない子供がいるぞ!。」 「何だって!。」 「どいつだ?。」 「何処のガキだ?。」 善の共有を乱されたと感じた民衆は、一斉に禮に非難の眼差しを注いだ。奇異なるものを見る、そんな矢のような眼差しに、禮の鼓動はいっそう高鳴った。しかし、それは燃料はあるが、駆動しない一機械にしか過ぎなかった。 「投げろ!。」 「投げろ!。」 「投げろ!。」 「投げろ!。」 次第に民衆の声が一つになって、犯人への制裁という当初の目的が、今や、禮が善行の通過儀礼をおこなうための期待へと高まっていった。禮はどうすることも出来なかった。恐怖で体が強張っていた。此処から無事に生きて帰るには、この声に従って、自身もみんなと同じ行動を取るより他に方法が無い。みんなもやっていたこと。何より、そのことを、みんなはボクに望んでいる。禮の心は、自身の生存本能と対峙する、一つの生き物の姿になろうとしていた。 「・・・ボクは、生きたい。」 あれだけ無感覚だった禮の脳裏に、言葉が浮かんだ。よし、投げるしか無い。そう思い、禮は小石を持った右手をギュッと握った。  その時だった。 「痛っ。」 禮が手渡された石は、ガラス片が混じった小さなコンクリの欠片だった。禮は手の平を開いた。石の下辺りから、赤い血が滲んで、それがポタポタと地面に落ちていった。側で見ていた子供が、 「うわっ、血だ!。」 と、叫んだ。 「ホントだ。血だ。」 禮の手の傷は、殊の外深かった。犯人には躊躇無く傷を負わせる投石をおこなっていた子供達も、間近で流血する禮に仰け反った。その途端、民衆の大合唱が止み、みんな静かに禮の様子を窺った。 「・・・痛い、なあ。父ちゃん、オレ、生きてるよ。きっとあの人も、こんな風に、いや、オレなんかよりも何十倍も、何百倍も痛かったんだろうなあ。」 自身の血と、自身の痛みが、禮の気持ちを次第に正常なものへと戻らせた。そして、禮は石を手に持ったまま、滴る血も気にせず、蹲る犯人の側に歩み寄っていった。そして、 「おじさん、大丈夫?。」 と、蹲る犯人の肩にそっと手を置いて訪ねた。 「う、ううっ・・・。」 禮の優しい声に、恐怖に怯えていた犯人が、ゆっくりと顔を上げながら禮を見た。 「き、キミは・・?。」 「ボク、禮。すぐに止めてあげられなくて、ゴメンね。」 禮の言葉に、犯人は目に涙を潤ませた。そして、両手で禮の右手を握りながら、 「有り難う。有り難う。有り難う。有り難う・・・。」 そう、何度も何度も例をいいつつ、ひたすらに泣いた。 「おい!、何をしてる!。」 「そんなヤツに慈悲なんて無用だ!。」 「其処をどけ!。」 「オマエも一緒にやっちまうぞ!。」 自分たちの価値観、善と信ずる行為に泥を塗られたと感じた民衆は、犯人と禮に対して、一斉に敵意の目を向け始めた。すると、 「おじさん、ちょっと待ってて。」 禮はそういうと、犯人の手をそっと退けて、立ち上がった。そして、民衆の穂に向き直ると、血まみれの小石を前の方にそっと落とした。 「ボクは、石なんか投げない。」 何処までも澄んだ目で、禮は民衆に向かって、何処までも通るような声で、そういった。禮の言葉に、民衆は唖然とした。そして、暫しの沈黙の後、 「コイツも犯人と同じだ!。」 「そうだ!、悪魔の申し子だ!。」 「こんなヤツ、やっちまえっ!。」 途端に民衆は騒然とし出した。しかし、禮は涼やかな目で、真っ直ぐに民衆を見渡した。 「いいか、禮。本当に正しいと思えることが頭の中に、心の中に訪れたと思ったなら、例え目の前に敵がいたとしても、決して憎しみの目で見るんじゃ無い。ただ、ひたすらに、心の声に従って、真っ直ぐに相手を見るがいい。どんな権力者であろうと、強者であろうと、己の愚かさに恐れ戦(おのの)く。ただ、オマエは真っ直ぐに、その先を見据えていればいい。」 父の言葉が、今になってようやく、鮮明に思い出された。そして、その言葉に促されてでは無く、禮は自然な眼差しを、民衆に返した。その優しい眼差しに、民衆は何もすることが出来なかった。それでも、 「ええいっ!。」 と、数人の子供達が禮目掛けて石をを投げ始めた。すると、 「止めろ!、止めてくれっ!。」 例の後ろにいた犯人が、禮を庇うべく、彼の前に立ちはだかった。そして、 「悪いのはこのオレだ!。石を投げるなら、オレに投げてくれ!。ただし、この子には一切手を出すな。オレの命はどうなったっていい。咎人だからな。だが、この子は違う。さ、思う存分、思いっきり、オレを痛めつけてくれ!。この子の命とひき換えに!。」 犯人はそういうと、両腕を開いて目を閉じた。そんな言葉を解することの出来ない幼い子供達は、犯人の足元目掛けてまだ石を投げようとした。すると、彼の前に禮も同じ格好をして立ちはだかった。そして少し微笑みながら、目を閉じた。 「父ちゃん、オレ、死ぬかも知れない。でも、父ちゃんのいってたことは、正しかったよ。有り難うな、父ちゃん・・。」 嫌な汗も、不均衡な鼓動も、もう何処かへ去っていた。静かな心持ちと、どこから来るのか解らない温かな気持ちが、禮を包んだ。すると、 「ええいっ!。」 一人の幼い子供が掛け声と同時に石を投げようとしたのを、傍らにいた大人が止めた。 「もういい。もう。いいんだ。」 バツが悪いのか、プライドを痛く傷つけられたからなのか、大人達の声は力が無かった。そして、誰からとも無く、 「いこう・・。」 そういいながら、民衆は三々五々に散っていった。その頃になって、ようやく警官隊が駆けつけてきた。 「その騒動、待て!。」 一斉に引き上げてくる民衆とは逆に、警官隊は現場に向かいながら声を張り上げた。すると、 「もう、終わりましたから・・。」 一人の大人が警官にそう告げた。 「終わった・・って、騒ぎがか?。」 「ええ。我々の負けです・・。」 大人は肩を落としながら、警官が来たのとは逆方向に歩いていった。そして、警官が向かう先には、これ以上石が飛んでこないと安堵しながら、禮の足にしがみ付いて嗚咽する男の姿があった。
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