(一)

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 大々的な披露宴じゃないのは、妊娠してる新婦を気遣ってのことらしい。  お酒も振る舞われる賑やかな席だというのに、きっと私だけが沈んだ気持ちでいる。 「なんで来たかなぁ」  キリキリと痛む胃の辺りをさすりながら情けなく呟いた独り言は、盛り上がる会場の空気に呑み込まれていく。  それが証拠に、誰もが入れ替わり立ち替わりお祝いの言葉をかけるために席を外しているのに、辛気臭くフロアの隅に置かれたテーブルに座って、俯いたままその場から一歩も動けない。 (やっぱり、来るんじゃなかったかな)  後悔に押し潰されそうになりながら、賑やかな会場の空気に呑まれていると、それまでとは少し違うざわめきが生まれて辺りな空気が一変した。 「なにかあったの、バレバレですよ」  それまで空席だったはずの隣に誰かが腰を下ろした。  その人物と肩が触れ、私にだけ聞こえる小さくて低めのハスキーな声は、呆れなのか慰めなのか分からないものが滲んでる。 「ねえ、凄く悪目立ちしてるよ」  諭すようにそう言われてハッとした。  声の感じからして面識のない人のはずなのに、私自身が今の自分を挙動不審だと思い落ち込んでいるからか、その言葉が心の奥に小さな棘のように刺さった。 「俯いてないで、顔上げなよ」  角が取れて丸みのある爽やかな香りがふわりと鼻先を掠めると、続け様に鼓舞する言葉が聞こえて、咄嗟に口角を上げて正面を向いた。 「二人、幸せそうな顔してるよね」 「そう、ですね」  なんとか喉から声を搾り出したけど、そんな言葉で答えるのが精一杯で、テーブルに置かれたスパークリングワインを飲んで、張り付いたように渇いた喉をどうにか潤す。 「本当に幸せそうで……胸糞悪い」 「え⁉︎」  祝いの席にそぐわない言葉にギョッとして隣を見ると、さっきのざわめきはこの人が現れたからなのだと悟った。  少し長めの黒髪は丁寧にセットされ、前髪が右に流してあり、額の下の整えられた眉は清潔感があり、涼しげな目元が印象的だ。  スッと通った鼻梁に、不機嫌そうに歪んだ口元。
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