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そもそも果穂乃は俺の仕事を知らないし、いつものダサい見た目で判断したのか、俺の財布にしか興味を持たなかった。
だから秋菜ちゃんに言った通り、あの女が野暮ったくて冴えない俺を彼氏にするつもりはなくて、財布としてしか見てなかったのは事実だ。
嫌なことを思い出してしまったと首を振ると、ポケットの中でスマホが震えた。
明け方に電話が鳴った時は何事かと思ったけれど、生産工場の倉庫から出火して、商品の大半がダメになった可能性が高いと報告を受けた時はさすがに動揺した。
(秋菜ちゃん、無事に家に着いんだろうか)
倉庫の火事の件で、急遽現地に向かうことになってしまって、結局駅までしか彼女を送ることは出来なかった。
改札口で秋菜ちゃんを見送りながら、ふとポケットに入れたままのピアスに気付いて、連絡先すら交換してないことにあの時初めて気が付いた。
だから咄嗟に呼び戻そうと声を張り上げたけど、彼女が戻ってくることはなかった。
秋菜ちゃんは多分、純粋で真面目な人なんだと思う。だからこそ傷付いても、幼馴染みの誘いを断ることが出来なくてあの場所に来たんだろう。
それを考えると胸の奥がズクンと重く痛む気がして、自分のことではないのに酷く悲しい気持ちになった。
そんな彼女をこの腕の中に堕としたことに、罪悪感を感じながらも、僅かな多幸感を抱えた自分が嫌になる。
「もう一度会いたいな」
きっと俺は秋菜ちゃんに肩入れしてしまっている。
向こうはただ単に、傷付いた心を癒して欲しかったから、縋るような思いしかなかったはずだ。
だけど俺は、華奢な肩が震えるのをすぐそばで見てしまった。
秋菜ちゃんが心底良い人間だからこそ、今度は楽しい会話をしてみたい。そんな欲が出てきてしまう。
「……ガキじゃあるまいし」
長く恋愛をしてこなかった反動のように、彼女を思い浮かべると、俺に好意があるのかと勘違いしそうになる。
(可愛くて、そのまま腕の中に閉じ込めておきたかった)
それなのに連絡先の一つすら聞き出さないまま、仕事の話も詳しくは聞かなかったので、彼女のことを探そうにも手立てがない。
「本当、なにやってんだろうな」
情けなくてそんな声が漏れた。
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