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(八)
あれから十日ほどが経った。
凌さんとのことは、あの日傷付いた者同士の一夜の過ちということで、私はいつも通りの日常を過ごしている。
小ざっぱりとしたオフィスは人の数も少なく、パソコンの画面を見過ぎて凝った肩をグッと回すと小さく息を吐いた。
私が勤めるふろしきや染一は、都内でも下町と呼ばれる街にあって、風呂敷と手拭いをメインに、革製品も扱う会社だ。
社員は十人程度の小さな会社で、私はそこで商品企画とデザインを担当している。
「どうしたの、ぼんやりして」
「新しい商品の企画なんだけどね、傘なんかどうかなって」
「確かに。お客様からも時々聞かれるわ」
同僚で営業担当の内野美鳥が私に向かってニヤッと笑って、上の空かと思ったら企画を考えてたのかとパソコンに視線を戻す。
美鳥が言うように、私は確かに上の空だ。
なぜなら割り切ったつもりでも、不意に凌さんのことを考えてしまうからだ。
そんな考えが顔に出ていたのだろう、美鳥が改めて私の顔を覗き込む。
「本当は別のこと考えてたんでしょ」
「え?」
「秋菜は顔に出るからなあ」
「そうかな」
「出てる出てる。なんか予定でもあるの? ソワソワしてるの伝わってくるよ」
「いや、別になんの予定もないよ」
「本当に?」
「本当だよ。クリスマスも近いっていうのに、本当になんにも予定がないの。それが悩みなくらいだよ」
「秋菜から恋愛の話あんまり聞かないと思ってたけど、とうとう春が来たのかと思った」
「全然違うから」
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