(八)

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 思わず鼻を鳴らして否定すると、それでもニヤニヤする美鳥に、揶揄ってないで仕事しなよと肩を叩き、あの日の凌さんの姿を思い浮かべた。  あんなに素敵な人が、付き合ってると思ってた彼女に財布扱いされていたと、なんとも切ない話を聞かされて、自分だけが辛い訳じゃないと随分救われた。  あの後、大輔から居心地が悪くて帰ったのかと無神経なメッセージが届いたけど、まともに取り合うのもバカらしくて返事はしていない。  そんな風に思えるのも返事をしないのも、凌さんと話が出来たおかげで、自分の気持ちに整理がついたからだと思う。  それに、私の思い込みだったとしても、あの夜のあの瞬間だけは、私は凌さんのものだったと信じたい。 「林原、ちょっといいかな」 「はい」  社長に呼ばれて席を立つと、次にコラボ予定の企業の担当を、私がやってみないかという打診をされる。 「細かいことは、内野と一緒に詰めてもらって構わないけど、営業のヒヤリングを挟むより、林原が直接担当した方が融通が利くだろ」 「ターコイズウィングさんって、確か、二、三十代をメインターゲットにしたメンズ向けのアパレルブランドですよね」 「そうそう。あそこはかなり面白い企画が多くてね。これまでにも大小拘らず色んな企業とコラボを成功させてるよ」  社長は美鳥がまとめた資料を差し出すと、あとはそっちで擦り合わせてくれと話を切り上げた。
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