(九)

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「ごめんって。でも本当に気を付けて」 「分かったけど、もっとこう、元気になるような明るい話はないの」 「明るい話題? 恋とかそういうことなら皆無だね。秋菜こそどうなのよ」  ロブスターを食べながらペロッと指先を舐めると、美鳥は思い付きのようにそんな話題を振ってきた。 「恋ねぇ……。そんな楽しい話が出来たら、とっくに話してるよ」 「そっか。まあ、そんなもんだよね」 「そうだよ」  美鳥には、凌さんのことを話せない。  彼女は古風なところがあるし、一晩だけの、しかも傷の舐め合いみたいな関係で、連絡先も知らないまま終わったことだなんて言えばドン引きされてしまうだろう。  それに大輔の話にしたって、私の代わりに怒り狂うのは目に見えているので決して口には出せない。大輔との関係に夢を見ていた頃に、うっかり結婚するかもなんて打ち明けてなくて良かった。 「あ、そう言えばさ」 「ん?」 「新しい取引先なんだけど、担当者が急に入院してさ。先方からの申し出で社長と直接打ち合わせすることになったんだけど、どうもコミュニケーションが苦手みたいで」 「そんなことあるんだ」  新たに注文したワインをグラスに注ぐと、それを受け取った美鳥が、二代目はシャイだとは聞いてたけどねと言いながらボイルされた蟹を頬張る。 「そうなんだよね。創業五十年の記念品をうちとのコラボでって話だから、サンプルも持って行ってたんだけど、全然会話が弾まなくて」 「社長さんは乗り気じゃないってことなの」 「そうでもないんだよ。そもそも社長の奥様がうちの商品を気に入ってくださって、だからコラボの話が来た感じだし、単に本当にシャイなんだと思う」  美鳥が言う取引先のプチマテリアは、小学生をメインターゲットにキャラクターグッズを販売する会社で、最近では人気キッズアニメとのコラボも企画して勢いを見せている。
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