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食事を終えて家に帰るすでに午後八時を過ぎていた。それでも、彼女たちにとっては、まだ夜は長かった。
彼女は、家に着くと真っ先に自室に向かった。
少ししおれてしまった花束を両親に渡した。それは、彼女から、両親への初めてのプレゼントであった。両親は、花が元気でないことも気にせずに喜んでくれた。それが彼女にとってもプレゼントであった。そのプレゼントは、とても温かいものだった。彼女の氷も少しづつ融け始めていた。
何も氷に覆われていたのは、なにも彼女だけの話ではなかった。彼女の両親も、彼女と同じように凍り付いていた。彼女の冷たい態度と、冷え切った家庭環境が彼らも凍り付かせるようになっていた。
それでも、その家族の間にあった氷も、温かいプレゼントは融かしていった。
彼女は、今まで言えずにいたことも話せるような気がしていた。
彼女は、今まで考えていたこと、思ってきたこと、感じてきたことのすべてを話した。それを彼女の両親は、受け入れた。ただ、受け取るだけでなく、何倍もの愛で包んで返してあげた。
だから、自分の居場所はここにある。そう思えたから、もう取り繕う必要もないことを知った。
そして以前、彼に告げた「別に羨ましがられるような人生じゃなかったですよ」という自分の発言は間違っていたかもしれないと思った。
確かに彼女は、辛い経験をいくつも重ねてきた。それでも彼女は、いつまでもかわいそうでしょと同情を欲しがるばかりでは、かわいそうから抜け出せないことを母に言われ、自分の間違えに気づいた。彼女は、辛かったこと、悲しかったことなど苦しくなる思い出から、楽しかったこと、嬉しかったことなど良い思い出を大切にできるようになりたいと思っていた。
彼女は、本当の意味で成長することができた。彼女は、幼き日の自分に別れを告げて、やっと大人になった。
彼女が幼かったあの日に、彼女の心に突き刺さった「家族にすら愛されない要らない子」という氷の破片もすっかり融けていた。両親からの彼女に注がれた大きくあたたかな愛は、彼女の氷を融かしていった。
彼女は、もう冷たくなかった。彼女の身体に氷は残っていなかった。
しかし、時間が経ってしまったから、彼女の心にあいた穴が塞がることはなかった。彼女の空白がなくなるわけでも、傷がなくなるわけでもなかった。
それでも、今の彼女にとってそれだけで十分幸せだった。
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