後輩

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 連休明けの初日、二人は、部長のディスクの前で固まっていた。二人は、互いの様子を伺うばかりだった。渡された辞令自体には、何一つとして衝撃的なことではない。元々ほぼ確定したも同然のことであった。当然二人も、そのことを想像できなかったわけではない。  彼は、彼女の指導係となることが告げられた。彼女は、彼の直属の後輩となることが告げられた。ただ、それだけのことだった。  二人は、大学の先輩後輩と言う関係以上のことは、何もなかった。何なら、その程度の関係があるかも分からなかった。もちろん彼は彼女の就活の相談に乗ったことがあった。しかし、それは三十分にも満たない短い時間で、たった一度きりのことだった。彼女も彼もそれっきり会うことも連絡を取ることもなかった。彼女が、入社することも大学を通して聞かされたくらいだった。そして二人は、互いの名前を知らなかった。何度か書類で目にすることがあったとしても、それを記憶しようとは思わなかった。その程度の関係だった。  そんな二人に向かって、部長が伝えた言葉は衝撃的だった。二人にとっては、頭が真っ白になるほど衝撃的な発言であったに違いないだろう。  「君たち、大学時代からの先輩後輩で関係も出来てると思うから、安心して取り組めるだろ。だから、任せたよ」  もしかしたら、何らかのコンプライアンスに引っかかる言動かもしれない。けれど、そんなことを指摘する余裕もなかった。  彼は、ここで大学時代の先輩後輩未満だと言うことは、自分の後を追ってくれた彼女を傷つけることになるのではないかと懸念していた。  そして彼女は、彼との関係が特にないことがわかれば、移動させられるのではないかと恐れていた。彼女は、営業以外の職業のことを知らなかった。それに全く知らない人よりは、彼の下につく方がましだと思っていた。  だから、二人は言えずにいた。それでも、一分もしないうちに彼が口を開いて誤魔化した。それを彼女も後輩として後に続いた。  その少しの間と二人の動揺は、二人が男女の仲なのではないかと思わせるのには十分だった。  そんな二人の様子を見て秘かにショックを受けている人物も二人いた。その人物たちもまた、彼を慕う後輩だった。
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