先輩

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先輩

 あれから、一年経った。彼女にも後輩が出来た。彼女は、仕事を覚えるのも早かった。彼女は、指示されたことに対して誰よりも熱心に取り組んだ。彼女の仕事は、早かった。今まで一度も他者に迷惑をかけるような失敗をしていない。  それでも、彼女は一人立ちすることすらを認められていなかった。それは、彼女が言われたことしかできなかった。彼女は、意見を持っていたとしても何も言おうとしなかった。そして考えて動こうともしなかった。  だから、彼女から彼は、離れることが出来なかった。  その根本的な理由は、彼女が周囲に興味を持っていなかったことだろう。  彼女の氷の壁には、扉と鍵がついていた。  しかし、その壁は、より厚く強固な物になった今、彼女がその扉を開けることは、ほとんどなかった。  彼女は、自分一人だけの氷の世界に閉じこもったままだった。外の世界なんて興味ないと言わんばかりに、閉じこもったままだった。  そんな彼女だったから、このフロアで唯一気づくことが出来なかった。たとえ、気づいていたとしても、大抵の人は、自己責任、自己管理不足と決めつけて特に何かするわけでもなかった。だから、結果としては、同じだったのかもしれない。  こんなことだから、彼女が周囲に対して不満に思うのも無理はなかった。たとえ、周りを見ても何もしないなら、気づかないことと変わりはない。それでも、この場所でその考え認めないことは暗黙了解だった。気づくか気づかないかを何よりも大切にしていた。  それは、彼女が幼い頃から変わらずあって、どこであっても、いつであっても何よりも大切にされていた。  周りの変化に気づけないなんて薄情だという考えだった。きっと誰かが何かするから、面倒ごとに自ら飛び込んでいくのは、バカだという考えがあった。この二つの考えがそれだった。それは、幾度となく彼女を傷つけてきた。  彼女は知っていた。たとえ気づいてもらっても、助けてもらえなければさらに傷つくことを知っていた。何もしてもらえないのなら、気づかれない方がましだと思っていた。だから、彼女は、周囲をみようとしなかった。  彼女は、自分が傷ついたことで、誰かを傷つけたくなかった。彼女の周りに対する興味のなさは、自衛のために欠かせないものだった。彼女には、自分を守る(氷の壁)が必要だった。  この場所で、彼だけは理解していた。彼は、気づかないことが彼女なりの優しさだと理解していた。
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