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季節は、初夏だというのに、ここでは、そこにはまるで木枯らしが吹いているようだった。狭く、閉鎖されたエレベーターの中で、木枯らしが吹いていた。
そこには、三名の女性がいた。そのうち、二人の女性は、楽しそうに話していていた。
それでも、一人の女性の顔は、凍り付いてしまったように、全く表情がなかった。そして彼女は、周りとの間にある氷の壁をさらに厚く高くした。彼女は、全身が氷つくような思いだった。
それは、二人が彼女のことを話しているからだろう。もし仮に、彼女にそれが聞こえていなかったとしても、ここには特有の空気の悪さがあった。
「ねえ、新人がさ隣にいるのに、自分の仕事ばっかってどう思う」
「え。教育係がいないの」
「いつもはいるんだけどさ。今日、体調不良で休みだったから、みんなでフォローしようって先輩が話してたんだ」
「そういうことね。お疲れ様。大変だね、協調性ない人いると」
「そうでしょ。そうでしょ。うちの二年目、ホント世話がかかるんだよね」
「そうだよね。いつも先輩付きっきりになってるもんね」
「うん。先輩、もう平じゃなくて忙しいのに、ホント大変そう。っていうか、そっちにはそういう人いないの」
「先輩っていえばさ。先輩とどこまでいった。先輩のこと好きだって言ってたよね」
「どこまでもいってないって。もう失恋したんだよ。だって先輩好きな人いるみたいだし」
「前に言ってたね。やっぱ弱ってる時に優しくされるって惚れやすいしね」
「それだけじゃないよ。きっと私と会う前から、先輩は好きだったと思う」
「それって一年目に弁当渡したら、好きな人いるからって断られた話でしょ。それってあの子とは限らなくない」
「そうかな」
「あとさ。そっちに配属されたのは、涙かコネでしょ」
「それは、そうかも。先輩があの子の担当になった時の感じから」
と言うとエレベーターが一階に止まった。
「ねえ、見て、あの子乗ってたんだ。気づかなかった」
「え、嘘」
「ごめんね」
「何かありましたか」
と言うと彼女はイヤホンを耳から外すしぐさをしてみせた。
「特には」
「そうですか」
彼女がそういうと、二人は足早にエレベーターから降りた。
「今日さ。駅前に新しくできたとこ行ってみよ」
「あそこね。私もそこが良いと思ってたんだ」
二人の楽し気な声が日々行く中で、彼女はそっとエレベーターから降りた。
彼女の手の中にも、彼女の荷物の中にもイヤホンなんてなかった。
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