先輩

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 日も沈み、暗くなっていく。オフィスには、まだ多くの社員が残っていた。彼らは、慌ただしく動き回っていた。  その中で、机のそばから離れようとしない人が二人いた。二人の顔の半分以上がマスクと髪に隠されていた。だから、二人の異変に周りの人には気づかれなかった。  「先輩も今日…体調悪いですよね。もう帰って休まれた方が良いのではないですか」  「いや、大丈夫だ。あと少しやったら、終わるから。お前は病み上がりだし、俺のこと待たずに帰れよ。もう定時過ぎてるし」  「そうですか。まだ、数分しか過ぎてないですよ。私には無理するなって言うくせに自分は無理するんですね」  「まあ……お前と俺じゃ責任も仕事量も比べ物にならないし…さ……」  「……そうなんですね」  「いや…そういう意味ではなくて……あぁ……だっせーよな…俺」  「そんなことないですよ。かっこいいですよ。先輩は」  「気なんて使わなくていいんだ。言動が一致してないことって…信用失くすよな。これからは気をつけるから…はっきり言ってくれたっていいんだ……」 と言って彼が彼女のいた方を見るとそこに彼女の姿も荷物もなかった。  それに気づくと、真っ赤に染まった顔を顔を隠すように机に突っ伏した。  それでも、彼女を除くと彼を心配する人なんていなかった。彼が、昨日そのマスクを「予防だ」と頑なに言い張ったのをみんな信じているようだった。
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