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昼休みが終わりを迎える頃。まだ、多くの社員が休憩を取っているとき、一人の女性は、机で何かを書いていた。彼女の両隣の席は空席のままだった。
それから彼女は、隣の新人の机に、付箋紙の貼られた一本のペットボトル飲料を置いた。誰も見ていなかったから、彼女がそこに置くことができたのだろう。
彼女がそれを置いた後で隣の席に一人の男性が座った。そして、ペットボトルとそこに貼られたメッセージに気づくとそっと安堵の表情を見せた。
その様子を見てしまった、女性社員は、結局彼女に謝る機会を逃してしまった。
その男性は、先輩たちの表情に困惑した。けれど、机に置かれていた付箋紙の貼られたいつも飲んでいるペットボトルに気づくと、滅多に笑わない冷たい先輩の方を見た。
そして、そのメッセージの書かれた付箋を手帳に挟んだ。そして、「ありがとうございます!」と書いた紙を彼女に渡した。
すると彼女は微笑み返した。
その男性が大切にしている手帳には、「お疲れ様です。なにか困ったこととかあったら、声かけてください。」と書かれた付箋が貼られていた。
その字は、彼女のものだった。
そして、彼女の先輩たちは気づかなかったが、裏面まで続いていた。「私も一人前ってわけじゃないから、あまり役に立てないかもしれません。だから、あまり気にかけてあげられなくてごめんなさい。応援してます。無理しないでください。勘違いかも知らないけど、今日体調良いわけじゃないですよね。お大事にしてください。」ととても小さな字で書かれていた。
この何気ない付箋が後輩の支えになっているとは、彼女は思いもしなかった。
彼女は、彼女らしい先輩になった。
それでも、彼女は冷たいままだった。後輩には、彼女の氷をすべて融かすことは出来なかった。先輩社員の噂話によってさらに凍り付いていたことも原因だったのだろう。
大したことは、言われてなくても彼女に過去を想起させるには十分だった。おそらく、彼女にとって、一番辛いのは、些細なことで過去を思い出してしまうことだろう。彼女は、悪者を作り出したくなかった。先輩たちを責めたくなかった。
だから、氷できた鎧を強化しざる得なかった。彼女は冷え切っていた。
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第一章 終
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