発端

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発端

 つい先日までは、花見客で賑わっていたこの川沿いの通りの人通りも、屋台がなくなって、すっかり人もまばらになってしまった。そこには、空を突き刺すように新緑の葉が顔を覗かしていた。もう、ほとんど桜の花は残っていなかった。  風が強く、残り少ない花びらが次から次へと旅立っていく。少し哀愁漂うような夜道を二人の男女が歩いていた。二人の他には、歩いている人はいない。二人の帰り道は、もっと近い道もあったはずなのに、二人はあえて遠回りをして帰っていた。二人の間には、不自然な隙間が空いていた。話すこともなくただただ歩いていた。そして、互いの顔を見ることもなく、何分も歩いていた。  それでも、二人を知っているからすると、二人は、恋人同士だと勘違いさせるには、十分だった。普段から、人と関わろうとしない女性と、彼女以外の異性とは二人でいようとしない男性の二人だったから。ただ、真っ直ぐ帰らなかった。それだけで十分なことだった。少しでも二人でいたいんだと誤解させるには、十分だった。  しかし、そのことを口にするものもいなかった。だから、二人がこの誤解に気づくことは、なかった。  そして、これはある意味誤解でもなかった。送別会の熱気にあてられて今は、もう彼女の警戒()は、彼だけに対しては、すっかり融け切っていた。  冬が明けて春が訪れる前に、嵐が訪れるように。この二人に春が来る前に、嵐が待っている。静かで穏やかな二人だけの時間は、その前の静けさのようなものだった。
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