記憶

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 そんな彼の認識を変えたのは、新歓が終わりを迎えた後のことだった。  彼女は、「時間の無駄だから」と二次会への参加を断っていた。そんなような数多くの彼女の余計な一言が、さらに彼に不満を与えていた。彼は、彼女の所為で疲れてしまったのか、もともと予定があったのか、二次会への参加を断った。  二人の帰り道は、同じだった。二人は、駅へ向かって歩いていた。彼の前には、彼女が歩いていた。彼女は、スタスタと早足で駅へ向かっていた。彼にとってそのことだけは、都合が良かった。彼女が早足で歩いていなければ、きっと彼は彼女に追いついていた。それは、彼にとって避けたいことの一つだった。  しかし、彼女は不意に立ち止まった。そして彼女はその場にしゃがんだ。彼が、彼女の方を見ると、彼女の前に一人の酔っ払いが座り込んでいた。  きっと、多くの人だったら、素通りしていただろう。たとえ視線に入ったとしても見なかった振りをしていただろう。それでも、彼女はその様子を心の底から心配していた。  彼女は、知らなかった。その人が、飲み過ぎてこうなったことも、ここら辺では多く見られることだということを知らなかった。だからこそ、見なかったことになんて出来なかった。ただそれだけのことだった。  それから、彼女は再び立ち上がると近くの自動販売機で、水を買ってきた。そして、それを渡した。たとえ、洋服が汚れてしまっても気にしないで、その人の気分が落ち着くまで寄り添っていた。  その一連の様子を見ていた彼は、固まっていた。この様子を見ただけで、彼女に惹かれることはなかった。ただ、他人に興味がないと思っていた彼女は、けして興味がないわけではないのだと思った。彼は、彼女を低く評価しすぎていたことを反省した。  この時の衝撃を、彼はきっと忘れることが出来なかったのだろう。
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