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第一章 (11) 魔術器官
敵は一瞬怯んだが、飛びかかってきたアルガンを迎え撃とうと体勢を立て直してきた。
さて、暴れるのは久しぶりだ。アルガンはどこかワクワクした気持ちで身構える。相手の攻撃に合わせて跳躍し、拳を振りかぶった。
男たちはアルガンが素手だと油断したのか、剣で受け止めようと手首を返す。
「ちゃんと学びなよ、おじさん!」
刃に触れる直前アルガンの拳が発火した。高熱に晒され、敵の刃が橙色に染まる。彼が宙で拳を振り切ると、固いはずのそれはぐにゃりと曲がった。
アルガンは拳の炎を消して、着地する。敵の懐の中だ。そのまま膝を使って伸び上がり、下から敵の顎を撃つ。そしてついでとばかり、仰向けに倒れた敵の背後にも炎を放った。油断していたらしい男は火が服に着火し、情けなく悲鳴を上げて床に転がる。
その間に背後から二人の敵が迫っていた。それぞれ手には水球が浮かんでいる。男たちはそれを矢にして解き放った。
「え、バカなの?」
「馬鹿はお前だ! 同じ手を使うと思うか!?」
アルガンの胸元目がけて飛来してきた矢は、途中で軌道を変えて彼の足下へ。その場で再び岩のように固まり、彼の両足を床に貼り付けた。
「おっと」
一瞬アルガンが気をとられた隙に、彼の両手も紐のように伸びた水によって拘束されてしまった。
「今だ!」
男たちが、アルガンへ一斉に両手をかざす。見たこともない大量の水が大蛇の様にとぐろを巻き、アルガンの周囲を取り囲んでいった。
「いくら貴様の熱が高かろうと、これだけの水を消す事はできまい! できたとしても、大爆発! 貴様も貴様の仲間も無事では済まんだろうな!!」
「うわ。人の事子ども子ども言っといて、その子ども集団で襲うとか最低じゃん」
アルガンは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「負け惜しみを……終わりだ!!」
嬉々として目をギラつかせ、男たちは一斉に腕を振るう。水の大蛇が牙を剥き、アルガンの身を砕こうと迫ってきた。
はぁと、アルガンは気だるげにため息をついた。自由になった右手で頭をかきながら。
「こんなんで、俺の動きを止めたつもり?」
「なんだと⁉ いつの間に」
男たちがぎょっと目を剥いた。これくらいの拘束であれば、彼の炎は一瞬で融かすことができる。
アルガンは男たちに人差し指を向けた。小首を傾げ、冗談っぽく無邪気に笑う。
「壊れちゃえよ」
途端、何かが割れるような音が響き、男たちが一斉に蹲った。
「な、何……!?」
「『擬似魔術器官』が……」
アルガンの攻撃は、確実に全員の疑似魔術器官を砕いていた。巨大な水の槍がただの水へと戻り、床にじわじわと広がっていく。魔術の効果が切れたのだ。
「げー。アンタら水、無駄遣いし過ぎじゃない? 偉い人に怒られそう、と言うか、町の人が水足りなくて倒れてんのに、アンタらの方がよっぽど悪魔じゃね?」
「き、貴様……よくも……貴重な擬似魔術器官を」
生命線を絶たれたからだろう。男達は唇を戦慄かせて立ち尽くす。しかし、襲ってこないところを見ると、完全に戦意を喪失しているようだ。
「で、どーすんの? 魔術はもう使えないけど、まだやる? 別にやっても良いけど。負ける気しないし」
男たちは悔しそうに歯を食いしばるばかりだった。歯の軋む音が、こちらにまで聞こえてきそうである。アルガンを睨んだまま後退すると、敵は動けない仲間を素早く抱え、駆け出した。
「あー」
追いかけてまで、倒す理由はない。アルガンは扉の向こうへ消えていく敵の背を見送り、ふるふると頭部を振った。髪についた滴が飛び散り、床に小さな波紋を広げる。
「貴重な擬似魔術器官、ね」
男たちは知らない。叡智の結晶と呼ばれたアレが、どんな歴史で造られたのか。誰でもリスクなしで使えるのは、誰のおかげなのかを。
「こっちは大先輩だぞ」
舌打ち混じりで呟いた言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。
「アルガン、大丈夫だったか!?」
チャッタに呼ばれ、アルガンはゆっくりと振り返る。思考が過去を彷徨っていたからか、ぼんやりとしてしまう。心配そうなチャッタと目が合った瞬間我に返り、アルガンは頭を掻いた。
「あー、久々に戦ったから、腹減った……」
「お疲れ様。とにかく、無事で良かったよ。色々な意味で」
チャッタは肩の力を抜くと、アルガンに柔らかい視線を向けた。ティナも安心した様子で、深く息を吐く。
「お子様もいるのに、ヤバいもん見せる訳ないじゃん」
「多分同じくらいの年だと思いますけど……」
不貞腐れたようなティナを、チャッタが宥める。その姿がなんとなくおかしくて、アルガンはもう少し揶揄ってやるかと口を開いた。
その時、何故か足下に違和感を覚えて、アルガンは視線を下げる。
床には先程の戦いで散った水が溜まっていた。自分の顔を映した水面が、小刻みに揺れている。いや、気がつかないくらいの速度で水が集まり、何かの形を成しているのだ。生み出されたのは、細くて長い鋭利な刃。そしてその凶刃の矛先は、絹のような髪を持つ麗人へと向いている。
「――チャッタ!」
アルガンは咄嗟に、チャッタと刃の間に割って入る。
小柄な身体から、真っ赤な鮮血が溢れた。
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