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第一章 (2) 砂漠の町
熱風が砂を巻き上げ、マントの上からパチパチと体を叩いた。フードやぶ厚い布で体を隙間なく覆っていなければ、この灼熱の日の下では数歩と歩けないだろう。
彼、チャッタが行く道の両隣には、周囲の砂と同じ色をした建物が立ち並んでいる。岩や固めた砂で作られたその壁は、風によって少しずつその身を削り取られている様にも見えた。
その光景はこの国では珍しくない、寧ろ規模としては小さな町である。
ここに自分の望むものはあるのだろうか、とチャッタは唇から息を零す。一緒にこの町へやってきた旅の連れとは、ひょんなことから町へ入る前に別行動をする羽目になってしまった。
「全く、やる気がないというかなんというか」
あの子たちは正直宛にならない。自分が彼女たちの情報を集めなければ。
チャッタが気合を入れ直しつつふと視線を上げれば、少女が一人、その細腕に不釣り合いな大きな壺を抱えて歩いているのが見えた。マントを身につけフードを被り、その壺をどこかへ運んでいるようである。
少女の向かう先には、一棟の建物があった。入り口には、色彩豊かな糸で縫い上げられた一枚の布が掛っている。描かれている模様や文字から見て飲食店だろう。
「あそこで聞いてみようかな」
人の集まる場所であれば、いい話が聞けるもしれない。チャッタは少女の後に続くようにして歩き出した。
「ティナちゃん、今日も元気だね!」
「おじさんもね、この後も仕事でしょう? 頑張ってね」
「おう、ティナちゃん。今日のおすすめは何だい?」
チャッタが中に入ると、店は活気に溢れていた。客たちが頻りに声をかけているのは、小柄な少女のようである。
外で着ていたマントとフードは外しているが、背格好からして水を運んでいた少女と同一人物だろう。ティナと言うのだろうか。
彼女がくるくると店内を動き回る度に、短く切りそろえた黒髪がさらりと揺れて笑顔と会話が弾ける。この町の明るい空気が感じられ、チャッタは口元に笑みを浮かべた。
「あ、いらっしゃいませ」
少女が振り返り、そのまま動きを止めた。彼女はどこか物珍しそうな視線をこちらに送っている。
今、チャッタはフードを目深に被り、所々ツギハギのあるマントを身に着けていた。そして背中には大きな荷物。町人が近所を歩く服装には見えないので、この町の住人ではないと気づいたのだろう。
いきなり本題を繰り出すのも失礼だろうと、彼は少し周囲を見回し空いていた席に腰かけた。
すると少女は我に返り、慌てて近寄ってくる。
「すみません。ぼうっとしてしまって。いらっしゃいませお客様、何か召し上がられますか?」
「ありがとうございます。ですが、すみません。その前にちょっとお尋ねしたいことが」
白い彫刻のような腕を持ち上げ、チャッタは頭のフードを取った。
その瞬間、あれほど賑やかだった店内からぴたりと音が消えた。
感嘆のようなため息を零したのは、誰だっただろうか。皆、チャッタの容姿に釘付けだ。
柔らかく波状にうねり、肩にかかった髪は上質な絹の色。切れ長の瞳は澄んだ水のように涼やかで、瞬きをする度に波紋の様に揺らめいている。
「あの、すみません。いいですか?」
すっかり黙ってしまった少女に、チャッタは笑みを深くして声をかけた。声も楽器の音のように心地よく空気を震わせている。
目と口を見開いていた少女は、頬を染めながら慌てて笑顔を作った。
「はい。何でしょう?」
「水の蜂について、何かご存じじゃありませんか?」
「……教会の方々の一部を、そうお呼びすることはありますけど?」
彼にとって、その答えはある意味予想通りだった。チャッタはゆっくりと首を振る。
「ああ、違います。そっちではなくて、『水の蜂』と呼ばれた種族のことです。かつて砂漠には蜂がいたと、未だに語り継がれている彼女たちのことを、何かご存知ありませんか?」
「え、数百年前に滅びたっていう、あの?」
彼女は目を丸くした。水を生み出し、人々に分け与えていたとされる神秘の種族、水の蜂。この国に生きる多くの人々にとって彼女たちは、最早おとぎ話のような存在である。
やっぱりかと彼はついため息をつき、不満そうに顔を顰めた。
「あのですね、簡単に『滅びた』なんて言っちゃいけませんよ」
仕方がないことだとも思うが、彼にとって「滅びた」は我慢ならない言葉だ。
「僕はですね、水の蜂の謎を追って旅をしているんです。彼女らの最大の謎、それは滅びたとされているものの、その根拠が全くないことなんです。数が減っていたことは確かなんですが、ある頃から姿が全く見えなくなったから滅びたんだろうと、だろうですよ!? それからどんな学者が調べても、ここまでしか分からなかった。そんな曖昧な理由で一種族が滅びたとされて良いんでしょうか、否!」
チャッタは人が変わった様に饒舌になって語り続ける。あまりの勢いと変化に、少女は呆然と立ち尽くしているのもお構いなしだ。
「あんな美しい種族を一言で滅ぼしてしまうなんて、そんなのは僕が許さない! 絶対に! ――ああ、ところで、貴女は水の蜂についてどこまでご存知ですか?」
話を切ってチャッタは少女に話を振った。彼女はハッと我に返り、戸惑いながらも口を開く。
「あ、はあ……その、人と同じような姿をしていて、水を司っていたということぐらいしか」
「そこまで知っていれば、十分ですよ。彼女らは人に似ていながら、水を自由に生み出して操る『魔術』を使っていたのは有名な話ですよね。しかし、非常に温厚な種族だったので、争い事は好まなかったそうです。そうそう、知っていますか? 名前の由来、『蜂』というのは、彼女らが女王中心の社会を構成していたこともありますが、一人一人が『針』を持ってたことからも名付けられたんですよ。これは自身の象徴と治療道具の側面も持ち合わせていますが、その反面自衛として刺した相手の――」
夢中なチャッタは、少女の顔が引きつっていて彼の話の半分も理解できていないことも、周囲の客が絶句していることにも気づいていない。
その時、調子よく話続けるチャッタを止めるかのように、彼の頬に勢いよく何かがぶつかった。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
チャッタは衝撃と驚いた拍子に、椅子から転げ落ちてしまった。他の客たちも何事かと騒然となる。
ぶつかってきた何かは案外柔らかく痛みはなかったが、転んだ拍子に肘と頭を床に打ち付けてしまい、チャッタは悶絶する。
「にょ」
「何、アレ? 生き物……よね?」
なんとも言えない奇声と、少女の茫然とした呟きが聞こえた。
チャッタが痛む腕をさすっていると、近くにいた店の客の一人が駆け寄って心配そうに声をかけてくれた。
「オイ大丈夫か、ねーちゃん」
「『ねーちゃん』?」
チャッタは秀麗な顔を思いっきり歪めた。誰の事かと戸惑ったのは一瞬で、すぐにああと納得したような口調で呟く。
「あの……僕は男ですよ」
「え、ええ、本当に!?」
少女が思わずと言った様子で叫ぶ。周囲にいた他の客たちも、驚きの声を上げてチャッタの顔をまじまじと見つめた。
チャッタはやっぱり、と内心溜息をつく。
どうも自分は女性に見間違えられやすい。女性にしては声が少々低めであるし、身長も高めだと思うのだが、毎回かなりの確率で勘違いをされてしまうのだ。
「すみません。その、あまりにも貴方が綺麗で、つい勘違いをしてしまって」
「ふふ、褒めてくれてありがとうございます。ああ、そうだ。僕はチャッタと申します。どうぞよろしく」
少女は良い子なのだろう。チャッタは笑みを浮かべると優雅な仕草で、少女に片手を差し出した。
「あ、私はティナです。よろしくお願いします」
彼女は彼の手を軽く握った。ティナにこちらこそと返したチャッタは、さっきの水の蜂の話ですけど、と話を戻して言った。
「やっぱり後で確認したいことがあるので、後で教会の場所を教えていただいてもいいですか?」
「あの、良かったらご案内しますよ。もうすぐ仕事も区切りがつくと思うので」
思わぬティナの提案に、チャッタは表情をパッと明るくした。
「わあ助かります。何せこの町に辿り着いたばかりなので」
彼のはしゃいだ様子がおかしかったのか、ティナは少し声を上げて笑った。
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