蝉の声が止んだ時

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僕はその年の夏休み、何度もそこへ足を運んであきを待った。 彼女は来なかった。 なんで去年来なかったんだろう。 彼女は去年の夏休み、こんな風に僕を待ちぼうけたのだろうか? もう遅い。 忘れるしか、ないんだ。 その年の冬、僕の両親は離婚して、すぐに母親は浮気相手のひとりと内縁関係になった。 引っ越し。 あのボロ長屋に未練なんてないけど、たったひとつ、あきのこと。 「きみの身体はきれいだ、誰よりも」 言えなかった一言。 今でも女子の身体なんて見たことないけれど、なんであの時言えなかったんだろう。 後悔が残った。 この後悔はきっと、死ぬまで消えない。 転校した先、不良に囲まれ殴られた。 前歯が折れた。 みっともない顔、治す金はない。 ただ悔しくて、痛みより悔しくて泣いた。 女。 それが原因だった。 それから女に関する受難を掻い潜るうち、僕はあきとのあの美しい思い出を忘れてしまった。
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