蝉の声が止んだ時

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蝉の声が止んだ時

鉄塔。 送電線の、巨大な鉄塔。 それを支える太いワイヤーのもと、草原にこれまた大きなコンクリート製のアンカー。 僕らはここによじ登り、飛び降りたり。 この場所が好きだった。 なんだか頼もしかったのかな。 雨の日も風の日も、雷が大木を薙ぎ倒したって、そいつは変わらずそこに、おんなじ姿で待っていた。 平らな雑木林。 木登り、虫採り、鬼ごっこ。 ボール持ってサッカー野球。 兄弟たちと、近所のやつらと、毎日日が暮れるまで遊んだ。 夏休み。 来年は中学生だ。 陸上部に入るつもり。 兄貴もしてる新聞配達のアルバイトして、スパイクやらユニフォームやら揃えよう。 少年野球は道具に金掛かるからって、やらせてもらえなかったから。 陸上だって、みんなランニングシューズ履いてるのに僕はいつもの靴で走った。 それでも速かった。 今日はみんな公園で野球してる。 誰も来ないと退屈だけど、この景色は僕だけのもの。 中学生になったら、ここにはあんまり来れなくなるかな? 夕暮れ、そろそろあの家に帰らなきゃ。 帰りたく、ないなあ。 突風、帽子が飛んできた。 「きゃあ」 女の子。 見かけない顔だな。 帽子を拾ってやり、渡す。 色白でほくろだらけ。 大きな瞳でいたずらっぽく微笑んでいる。 かわいいな、と思った。 「ありがとう」 「日が暮れるよ、走れる?僕は速いよ。」 照れ臭くて素っ気なく言うと、振り向かずに全力で走り出した。
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