教室、行くよ

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教室、行くよ

 自転車置き場から玄関までの間、早川からの苦情に耳を痛めていた。 「桐原って言ったら学校の超有名人だぞ!あの生徒会長と並ぶぐらい!桐原さんなんかは他校の奴らも知ってるぐらい!ほら話しただろ?平塚さんと香山さんの他にもう一人いるって!そのもう一人のヤバい人だぞ!何気に入られてんだよ貴哉!」 「うるせぇなぁ!別に悪い奴じゃねぇんだしいいだろ!」 「良くねぇよ!桐原さんは絶対貴哉を好きだ!」 「遊んでるだけだろ。現にさっき囲まれてるの見ただろ。俺もあの中の一人だと思われてんじゃん」 「桐原さんは人で遊んだりしない!ああやってすげぇモテるけど、誰も相手にしないって有名なんだぞ」 「それなら俺が相手にしなきゃいいだけだろ!お前ももっと俺を信じろよ!」 「信じてるけど……貴哉は桐原さんを好きにならない自信あるのか?」 「何だよ、いつになく食い付いてくんじゃん。桐原と何かあるのか?」 「ねぇよ。話した事もねぇ。だけど、桐原さんはヤベーって俺でも分かるんだ」 「早川、これ以上駄々こねたら許さねーぞ」  いつもより本気で睨むと、驚いた後に泣きそうな顔しやがった。何だよ!そりゃ反則だろ!いつもみたいに言い返して来いよ! 「は、早川!?」 「人の気も知らねぇで……貴哉の馬鹿……」 「おい?何か変なもんでも食ったのか?早川らしくねぇぞ!」 「俺だって元気も無くなる時もあるよ。先に教室行く」  な、何だよ早川の奴。玄関で靴を履き替えるとさっさと行っちまった。まぁこのまま言い合いになるよりはいいか。  とりあえず俺は第二会議室を目指した。  くそー、早川の協力が無くなっちまったから一人で広瀬を引っ張ってかなきゃだな。大人しく着いて来てくんねぇかな。  廊下を歩いて桐原に聞いていた端っこの方の小さな第二会議室に到着した。ここに来るまでに誰にもすれ違わなかったから本当に広瀬の事を考えられて用意された教室なんだと思った。  普通に中に入ると、長い机が真ん中にポツンとあって、そこに広瀬が一人で座って何かを書いていた。 「よう広瀬。迎えに来たぜ」 「!」  声を掛けるとビクッと反応して俺を鋭い目で見た。まるで、敵が来た!構え撃て!と言わんばかりに睨み付けて来やがった。 「何してんだ?はぁ?勉強!?もう始めてんのか!」  広瀬の威嚇をスルーして側まで行って机の上を見ると、教科書とノート、あと知らない本などが広がっていた。あ、そっか広瀬は成績トップを維持しなきゃならねぇんだっけ?ここに居る為に…… 「努力家なんだな」 「……お前、俺を迎えにって……」  震える広瀬。広瀬の病気の事を知ってると何だか可愛いく見えるな。それと何か、大変そうだ。 「決まってんだろ?一緒に上の教室に行こうぜ。俺が一緒に居てやるから」 「な、なんで?先生が言ったのか?」 「言ってねぇよ。俺が勝手に来た」 「……行かないっ」 「ダメだ。俺のこれからの人生に関わる事なんだ。お前も協力しろ」 「嫌だ」 「あ?てかその内ここ使えなくなるんだろ?それなら今出てっても一緒じゃねぇか」 「…………」 「本音を言えば俺も教室になんか行きたくねぇよ。勉強嫌いだし、ずっと座ってるとか退屈過ぎてうんざりだ。それに今は早川とも気まずいしな。でも自分の為に苦手な朝も起きて頑張ってんだ。俺でも出来るんだから頭の良い広瀬になら余裕で出来るだろ」 「……俺は、秋山とは違う……」 「ああ、俺は髪染めてねぇし、ピアスもしてねぇからな。でもそれ以外は一緒だ。同じ男。同じ高校生で同じ人間だろ」 「…………」 「分かった。それなら俺もここに居る。お前が一緒に行くって言うまで待つ」 「…………」  これ以上話すのもめんどくせーから、空いてる隣の席に座ってやった。本当は授業サボるのも危ねーけど、事情話せば生徒会長がなんとかしてくれるだろ。  俺が黙ると広瀬はオドオドし始めた。トイレにでも行きてぇのか? 「トイレならさっさと行けよ。まだ時間あるだろ」 「ち、違う……」 「じゃあ何だよ?俺が居るから勉強出来ねぇのか?」 「違うっ」  少し大きな声で言った後、震えながら話し始めた。 「あ……俺は……誰かと居るのに慣れて、無い…だから、秋山が……と、隣に居るのが……っ」  ゆっくり、少しずつ思ってる事を話し始めた。なるほどな。こりゃ厄介な病気だな。自分の意思はあるのに周りに気を遣って思うように言葉に出来ないのか。  それならそれでいい。やっぱり俺が引っ張ってくしかねぇ。 「分かった。広瀬はそのままでいいよ。俺が聞く事に頷いたり首振ったりしろ。話せるようになったら話せば良い」 「…………」  広瀬は戸惑いながらコクンと頷いた。 「まずその病気治したいって思うのか?」  首を縦に振った。 「俺もその病気の治し方なんか分からねー。けど、そんなの知らなくていいと思うんだ」  今度は首を斜めに傾げた。  まるで俺の言ってる事が分からないと言うように。 「だって、それが広瀬だろ?その病気のお陰ですげー勉強出来るし、ボラ部に入って、俺と出会った。ならそれでいいんじゃね?」 「…………」 「だから広瀬はそのままでいろよ。俺も俺のままだ。つまり広瀬を何が何でも教室に連れてくって事な」 「……んだよ、それ」  広瀬が笑った気がした。  へー、普通に笑えるんじゃん。 「さーてどうやって連れて行くかなぁ。力でなら余裕だけど、泣かれちゃ困るしなー」 「……ったよ」 「ん?」 「分かったよ。秋山には負けたよ。教室、行くよ」 「本当か!?って、お前普通に喋れんじゃん!」  そう言って教科書なんかを鞄に入れ始めた。まじか!何か知らねーけど、ラッキーってやつだな!広瀬の気が変わらない内にさっさと連れてっちまおう! 「その代わりに……」 「あ?何か言ったか?」 「……いや、なんでもない」  広瀬は何かを言いかけて首を横に振った。  まぁいいや。とにかく早く教室に行かねーと、俺が遅刻扱いになっちまう!  急いで第二会議室のドアを開けて廊下に出ると、まさかの桐原が立っていた。
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