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※なら心置きなく借りられるな
空side
昼休みに一人で屋上のアスファルトの上に寝転がる。別に昼寝しに来た訳じゃない。
行く所もないからここで時間を潰してるだけ。
今日貴哉と喧嘩をした。
喧嘩の発端はいつも通りの出来事だった気がする。だけど、昼になった今でも貴哉と仲直り出来てないのは今回が初めてだった。
「あーあ、何でかなぁ」
誰も居ないのに一人で喋って虚しくなった。
貴哉はモテる。本人に自覚が無いから厄介なんだ。
よりによって桐原さんかよ……
俺も人よりは見た目良いって自信はある。けど、あの人は別格だ。
何かこう、オーラが違う。そう、芸能人みたいな存在だ。
あの人がこうと言えばこうで、違うと言えば違う。みんなが憧れるような存在なんだ。
そんな人に勝てる気がしない。
貴哉は信じろと言うけど、何か危なっかしいんだよなぁ。
あっさり桐原さんの方行っちゃうような気がするんだ。
そうなったら俺どうなる?
泣くじゃ済まねぇよコレ。
あの俺が一人の男にこんな気持ちになるなんてな……
「貴哉に会いたい」
そして抱き締めてキスしてめちゃくちゃにしたい。その後怒られて笑って、謝って、また笑って。
俺がこんな弱気なのも桐原さん以外にも理由があるんだ。それは家の事。
俺んちって母子家庭なんだけど、訳あって兄貴が住んでるマンションに居候してるから母さんとは別に暮らしてる。
最近そんな母さんから連絡があった。金を貸してくれと。
高校生の息子に言うセリフかと思うけど、母さんは実際金に困っていた。スナックで働いていて、安定がないのは分かるが生きていけない程の収入じゃないはずなのに、困ってる理由は男だ。
俺がまだ家に居る頃良く男を連れ込んでいたのを何度も見ている。それもしばらくすると違う男違う男と変えてった。
母さんは男運がないんだと思う。だから父さんにも捨てられたんだ。
兄貴はそんな母さんとは絶縁状態で、中学生の頃から金を貯めて、家を出た。今では知り合いとバーの経営をしていて見事に成功。だから母さんは俺に連絡したんだ。
母さんから連絡が来た事は兄貴には話してない。
俺は兄貴には内緒で母さんに渡す金を用意しようとしていた。
俺が高校生になってすぐにバイトを始めたのもそれが理由だ。あと、自分の欲しい物を買う為。
でも学校にバレてからバイトが出来なくなって今は金欠状態。
ちょうどあと数日で夏休みに入るし、またバイトする予定なんだけど、正直キツイんだ。
バイトってちょっとグレーな、いや、かなり危ないバイトだからな。元々知り合いの女友達から紹介されたバイトなんだけど、内容は金持ちのオッサンとデートする事。それだけで数万円が手に入る。
そういうバイトは若い女がするもんだと思ってたんだけど、世の中には物好きがいて、たまたまその女友達の客がそういう趣味を持っていて俺に話が回って来たんだ。
学校にバレた時は焦った。街でオッサンと歩いてる所をどこの誰だか学校の奴が見てたらしくチクられたんだ。俺は問い詰められた時、父親だと言い張ったけど、そんなのいつも相手が変われば通用する訳ない。だからしばらく大人しくしてたんだけど……
って俺の家庭環境って結構複雑だなー。
俺も兄貴みたいに母さんと縁切ればいいんだけど、それがなかなか出来ねぇんだよな。
だってどんな母さんでも俺の母さんだから。
そんな事もあって今余裕の無い俺は貴哉ともこんなデカい喧嘩になってしまったんだ。
「はぁ」
「おい」
「!」
誰も居る筈ないと思って居た屋上だったのに、いきなり声がして驚いて体を起こして周りを見てみる。
すると少し離れた所に戸塚が立っていた。
「戸塚?どうしてここに?」
「今日の放課後、秋山を借りる。だから挨拶だ」
「はぁ?それだけ?」
「それだけって……なぁ、秋山と何かあったのか?」
「おー、喧嘩したんだよー」
「そうか。なら心置きなく借りられるな」
「…………」
「それはさておき、広瀬の事だが」
広瀬数馬。貴哉がいきなり連れて来たもう一人のクラスメイトだ。
そうだよ!アレも気に入らねぇ!
みんなの前で抱き付いたんだぞ貴哉が広瀬に!
病気か何か知んねーけど、ずーっと貴哉の周りに引っ付きやがって。
「広瀬は成績が良いらしい」
「だから何だよ?」
「俺達もうかうかしていられないぞと言う話だ」
「あー、戸塚はいつも学年トップだもんな」
「お前はNo.2だろ」
「なんだ、知ってたんだ。さすが戸塚さん」
てか戸塚ってばそんな話をしに来たのか?
何か座り込んでくつろいじゃってるし。
暇だからいいけどよ。
「秋山だが、あいつもいろいろ抱えていて大変なんだろう。その内仲直り出来る」
「いろいろね!彼氏を放ったらかしにして何をいろいろやってるのやら!」
「俺は凄いと思うぞ。誰かの為に動ける人間を」
「何それ?貴哉の事かよ?」
「秋山は広瀬の為に動いているんだろう?それと、俺の頼みも聞いてくれた。部活にも入ったと聞いたしな。このままいい方に変わってくれればいいと願うよ」
「随分と貴哉に入れ込んでんね。貴哉の事嫌ってなかったっけ?」
「初めはな。でもそれは直登の件が大半を占めていたからだ。今ではそれがないからちゃんと一人のクラスメイトとして見ている」
「ふーん」
「早川ももっと大人になったらどうだ?」
「はい?」
「秋山の事が好きなのは分かるが、もっと理解してやれ」
「何だよそれ」
人の気も知らないで説教かよ。
軽く睨むと戸塚は立ち上がってポンポンとお尻を叩いた。
「そしてもっと話し合え。秋山はあの性格だ。言わなきゃ分からないだろう。言っても分かるかは別だがな」
「…………」
それだけ言って戸塚は屋上から出て行った。
もっと話し合え、か……
今の貴哉にそんな暇ねぇだろ。
俺は再び寝転がって目を閉じた。
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