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「妊娠中は生理が来ないから気づかなかった。昼に料理をしてたらちょっと手を切っちゃってね」
真っ黒な血だった。サロが仕事から帰って来るまで不安で震えていた。
「大丈夫だよ、今世界各地で研究が進んでるから」
「ねぇ、私この子を産んでも大丈夫なのかな? この子、大変な人生にならない? 差別は絶対あるよ」
生まれや育ちを見下される自分のように。そう言いたげに涙目で震えるユナを優しく抱きしめる。
「たとえ普通の子供じゃなかったとしても。俺たちは家族として助け合いながら生きればいいだけだ。俺が守る、必ず」
「そう、だよね。ごめんね馬鹿なこと言って」
そう言って二人で笑い合っていた。それが、二人にとって最後の幸せの時だった。
「現状報告を」
「ニ十年ほど前から我が国で始まった次世代化学物質の研究。有害物質を適切に処理せず川に流していたそうです。その結果上水道を使用していない貧困層はその水を飲んで体が汚染され、染色体が急激に変化したのだと思われます。特定の金属を強く吸着するようです」
その研究は国主体で進めている重要なものだ。しかも近隣の国にまで汚染被害が広がっている、公表するわけにはいかない。
「鉄ではないのだな?」
「はい、大統領」
情報操作のために鉄ということにしているが、鉄は通常値しか検出されていない。
「では何だ」
「銀です」
普通ならほとんど酸化をしない銀。結合も不安定で、血液が黒くなるという現象などありえないはずだ。
「黒血者たちは金属を大量吸着することに適応できるよう、変化しているのでしょう。これを研究しようとすると莫大な時間がかかります」
「いらん。何故なのか、などどうでもいい」
「はい」
「例の化学物質研究部分は伏せて、金属汚染者の情報を公開しろ。接触でうつる、といえば問題ない」
「はい」
「黒血者を捕えろ」
金属汚染した者たちから健常者を守る名目で、大統領命令がくだった。軍による捕獲作業と、情報提供した者への報酬。金欲しさに密告が相次ぎ、町は大混乱となった。
「絶対助けるから、俺が絶対に!」
ユナも例外ではなかった。二人は逃げ回ったがユナは軍によって拘束され、留置所に連れていかれた。
助けようと乗り込んだものの見つかり、一旦逃げるしかなかったサロ。泣きそうになりながら走る背中にかけられた言葉。
「この子は、絶対、私が守るから! だから……」
ユナは今臨月だ。助けたかったのに。
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