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篠山 悠太は動画を撮るのが好きだった。
電車の窓から撮った流れる街の景色、浜辺で波が寄せては返すその動き、蛾の行列をみつけてそれを追いかけたり、時にはスマホを自転車に括りつけたりなんかして、いつもと違う街の風景を撮影してみたり。
意味なんてない暇つぶし程度のこと。
画面に映る世界は自分の目で見ているのと少し違うから、何が本当なのかわからなくなっておもしろいと思ったのだ。本当にただそれだけ。何かになりたいわけでも何かをしたいわけでもない。
撮影した素材を動画編集ソフトで意味もなく繋げて些細な加工を施し音楽に乗せて、昨日見た悪夢みたいに脈絡のない一本の動画を作ってはSNSに投稿している。
フォロワーは8,000人弱。
海を越えた知らない国の誰かから♥が飛んでくる。
アートを気取った一本の動画は言葉を介さぬコミュニケーションとなり、自分の知らない場所で人気らしい。
ついでに言えば、同級生は誰一人悠太の趣味のことを知らない。
だから驚いた。
楸都瑠という人物からコメントが届いた時。
一つは、今どきフルネームでSNSを登録する人間がいるか?という驚き。ユーザー名の英数字の羅列だってそうだ。
【ichiru_0402】
下の名前と、おそらく誕生日だろう。
二つ目は、そのネットリテラシーの低さへの驚き。フルネームのアカウントで住んでいる場所すら特定されうる内容を簡単にコメントするなんて。
悠太自信が身バレをしないよう細心の注意を払っているからだろうか。せめて鍵付きのアカウントにしたらいいのになんて思ってしまうのだ。
そして最後に、我が校の生徒会長である楸都瑠が悠太の作る物を気に入ったという事実。
まるで住む世界の違う生徒会長様は、こんな意味のない悪夢を好み、それを綺麗と呼ぶのか。
ポコン、と手の上で音がする。
ダイレクトメッセージの通知ランプが灯っていた。
ichiru_0402
どうしたら同じ景色が見えますか?
篠山悠太は返信を書き込むことをしなかった。
意地悪がしたいのではない。
返信をしないと決め込んでいるわけでもない。
ただ質問の答えが見つけられなかったのだ。
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