3人が本棚に入れています
本棚に追加
糸電話
「いっちるーん」
生徒会室の扉を勢いよく開け、悠太は叫んだ。
楸 都瑠の姿を探して。
「会長いないけど」
薄暗い教室の中で大柄な男が鞄を持って立っていた。つんつんとした短髪が今日もイケてる。
「テツくんだけ?」
副会長のテツジくん。ひとつ上の先輩。
人の名前を覚えるのが苦手なので、苗字と名前の漢字はわからない。
テツくんは広い肩幅を窮屈そうに揺らしながら、生徒会室の奥の方からこちらへ向かってくる。
この生徒会室は物置部屋みたいに小さいのだ。
「俺も帰るとこ」
「てことは、いちるん帰っちゃった?」
「ああ、さっき荷物持って出てったとこ」
悠太はその場で大袈裟に項垂れてみせた。
「じゃあ仕方ない、テツくん一緒に帰ろっか」
「部室までならいいぞ」
テツくんは真顔で言う。
この人は面白いから好きだ。
こちらのわがままをわがままと思っていないのか、どんな無茶を言ったってなんでもないふうに対応される。
現に数日前に初めて会話をしたというのに、まるで小さい頃からの知り合いですよ……みたいな顔で隣を歩くんだから。
「なんで急に会長なんだ?」
「なにが?」
「一週間前から不良に絡まれ始めて恐ろしいって、会長が嘆いてた」
「え〜いちるん俺の話してくれてるんだ!」
悠太はめいいっぱい口を広げた笑顔で飛び跳ねた。
「ああ、悩んでたぞ」
テツくんは真面目なトーンでそう言う。
それがやっぱりおかしくて、ケラケラと笑い声をあげてしまう。
「あんまり揶揄ってやるなよ。あいつは繊細だから」
「わかってるって」
楸都瑠に関わり始めたことに理由なんてない。
絞り出すとすれば、返信ができなかったDMが気がかりだった、という事がその理由にあたるのだろうか。
悠太にしては可愛らしい気がかりを頭の隅に残したまま校内を歩いていた一週間前、
『授業中だぞ』
楸都瑠がそう声をかけてきたから。
昨日の今日で、なんて偶然。
そう、昨日まさにこの人が悠太の動画にコメントを残しダイレクトメッセージまで送ってきたのだ。
楸都瑠は悠太の頭のてっぺんから足元までをギロっと見る。
『髪、ワイシャツ、サボり、君は何年何組の生徒だ?』
『二年D組の篠山悠太』
答えられる質問を投げかけられ、素直に答えてしまった。
『篠山悠太、次もそんなふうに髪を結いていたら生徒指導に回すぞ』
それ以上のお咎めなしで立ち去ろうとする、ほっそりとしたシルエットを視線で追う。
『ねぇ楸都瑠、ここにいるあんたもサボりじゃないの?』
『保健室で寝ていただけだ……今から教室に戻る』
『それはサボりじゃないの?』
『微熱があるんだから仕方ないだろ』
『俺もあるよ、微熱。いつも目眩してるし!』
『そう、じゃあ今度は保健室で会おうか』
これが、楸都瑠との二度目の会話。
もちろんその後保健室で会うことなんてなかった。
悠太の方は次の日も授業をふらりと抜け出して保健室を覗いたのだが、そこには誰もいなくて。
楸都瑠は病弱なわけではない。そんなことわかっていたのに真に受けたのはどうしてか。
たぶんきっと、もっと話したいと思ったから。
だから生徒会室に向かった。
気がむくままに、そうしただけ。
最初のコメントを投稿しよう!