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繁信は三件の家に芯抜き作業を依頼している。そのうちの一件が親戚である夏野家である。この家には岬という中学2年の女の子がいる。芽狩り作業が終わった菅野はこの辺りで「ばんじょ」と呼ばれる、水切用の細長い穴のついた、大きな四角い青いコンテナを3つ軽トラックの2台に積んできた。
すぐに車の音に気づいた岬が走ってきて、続いて母の葵、離れに住む祖母のヨシノと祖父の大五郎が家の前の駐車場にやってきた。芯抜き作業は主にこの3人の仕事だ。笑顔で近寄ってきた彼らはしかし、悪霊に取り憑かれたかの如き漁師の様子を見て固まった。
「今年のワカメは駄目だ……」
繁信は絶望的にその場に頽れた。
「おじさん、駄目ってどういうことだ? いっぱい獲れたべ」と岬がトラックを指差したが、菅野は首を振るばかりだ。
「触ってみれば分がる」
そう言われ、4人はコンテナの中のワカメを一本ずつ手に取ってみた。
「普通のワカメでねか」と大五郎は首を傾げたが、岬が「いや違う、これ見でみろ!」とワカメを横に引っ張ってみせた。
ビョーンと伸びるワカメを見た葵はあんぐりと口を開けて言葉を失い、祖父母は腰を抜かしてしまった。
「ばばっ、こりゃあ何だ?! こんなおがしなワカメ見だごどねぇ!」と大五郎。
「これじゃゴムじゃねぇが!」とヨシノも言う。
「温暖化の影響がなぁ……こんなじゃ売り物に
なんねぇ。商売上がったりだ、首括るようだな」
この町の人々の半数以上にとって、2月末〜4月末にかけてのワカメ仕事は生計を立てるために超重要な仕事なのである。泣き出した繁信の様子を見た岬は何かを考えている様子だったが、やがてぱっと顔を輝かせた。
「おじさん、これはチャンスだ! こんな珍しいワカメ、捨てるのは勿体ないべ! 私、何かいい方法がないか考えてみるよ!」
家に帰った繁信が妻の敦子に不安を打ち明けた。果たして中学生にこの状況が救えるのか?
繁信は半信半疑だった。岬の突出した行動力については家族のお墨付きだが、果たしてこのおかしなワカメを買いたいという人や会社はあるだろうか。
それを聞いた妻は思い悩む様子もなく言った。
「あんだはいづも1人で問題を解決しようとしすぎだ。大人には考えつかないごどを思いつぐのが子どもってもんだべ、少し周りを頼ってみだらどうだ?」
これには頑固な繁信も頷く他無かった。確かに自分は何でも自分で抱えるタチだった、それが当たり前になっていた。だが絶体絶命のピンチの今最善の策が思いつく訳もない。ここは大人しく妻の言うことを聞くのが懸命であろうと彼は思った。
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