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午前四時。まだ薄暗く冷たい海風の吹く2月半ばの烏川港には、50艘ほどの漁船が浮いている。
菅野繁信は看板で、水揚げした10M程の長さのロープに絡みついた茶色い養殖わかめとメカブを、シリアルキラーも畏れいるほどの慣れた手捌きで包丁で切り落としていた。
その途中繁信はあることに気づいた。看板に落ちたわかめの一本を手に取り両手で引っ張った時、その予感は確信に変わった。わかめがゴムのようにビョーンと伸びたのだ。
「ばっ、何つーごとだべ!!」
因みに「ば!」というのは『あまちゃん』でいう「じぇじぇじぇ!」のように、この地域では感嘆を表現するときによく使われる。驚きの度合いが大きいほど「ば」の数は増え、「ばーばーばーばー」、「ばばばっ」のようになることもある。
同じ船に乗っていた妻の敦子も続いてわかめを引っ張ってみると、やはり伸びる。基本的にわかめは身が締まって固いためあまり伸びないが、どういうわけかこのわかめはゴムのように弾力があって柔らかく、強い力で引っ張れば1M以上伸びるのだ。
「これでは売り物になんねんでねーべが?」
繁信は頭を抱えた。三陸わかめは特産品であり、商品化できないとなっては大打撃である。
「なんだこりゃ?!」
「おがしなワカメだ!」
あちこちの船から同様の叫び声が上がる。皆前代未聞の事態に驚きと動揺を隠せない様子だ。
船が沖から戻ると大量の若芽は収穫した人々の手で、巨大なタンクのような釜で湯通しされ茶色から鮮やかな緑色に変わる。その後水で冷やされコンテナに詰められる。その後各家に搬送され今度は芯抜きと呼ばれる中芯と葉を分離する作業に移行する。
怒涛の箱詰め作業が終わると繁信は、近くで作業をしていた以前漁協に勤めていた長年の友人善正に声をかけた。義政もワカメの異常に気づいていて、「こりゃあ漁協でも買わねーぞ」と頭をかいた。
芯抜き作業が終わったワカメは漁協に送られ、綺麗に芯抜きされた質の良いワカメから1等、2等、3等と等級がつけられる。そのためワカメの状態はかなり重要なのだ。こんな伸びるワカメに良い等級がつけられるとは考え難い。
「ほんでも、食べられればいいんでねぇの?」
もう1人の友人の文治が横から声をかけてきた。
「馬鹿言うな、こんなの誰も食いでぇど思わねぇ!」
カリカリした様子の繁信に対して文治は落ち着いている。
「落ぢづげ、怒ってもどうしようもねぇべ。売り物になるが決めるのは俺らじゃねくて漁協なんだがらよ」
「それはそうだ、うだうだ言ってでも仕方ねぇ。せっかく育ったワカメだ、俺達にでぎるごどをするしかねぇ」
義政の言葉に繁信は首を垂れた。
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