困惑の恩返し

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 サヨさんがピー! と笛を吹いた。すると、無数のゴキブリがカサカサと音を立てながら部屋の四方八方から集まってきた。 「うっぎゃあああああ! ちょ! ま!」  ゴキブリ姿のサヨさんの視線を感じて、俺は両手で大声をあげてしまった口をふさいだ。  どこからこんな数のゴキブリが……最悪だ、俺の部屋がぁ。ど、どうしよう。逃げようにも足の踏み場がない。踏みたくないし……ん? なんだこのゴキブリの集団。サヨさんの笛に合わせて動く方向を変えている。歩調の速度、方向転換のタイミングも完璧だ。一糸乱れぬ、誰ともぶつからない動き……これは集団行動の演技! 「和真さま、素晴らしいでしょう? 私たちのチームフォーメーション!」 「あ、ああ」  俺は、なにを見せられてるんだ。集団行動はすごいけど、ぼーっとゴキブリの集団を見てる場合じゃないんだよ! に、逃げなきゃ! 「みんな~? 和真さまの着替えを手伝って差しあげて~!」 「へ?」  サヨさんの掛け声で、ゴキブリの集団が二手に分かれた。一方は俺の服がかかっているハンガーへ。一方は俺に。  俺はゴキブリに囲まれた。手のひらがじんわりと汗ばみ、額に汗がつたう。心臓が飛び出しそうなくらい心拍数が上がり、ごくりと生唾を飲み込んだ。  ピー! とサヨさんの笛が鳴ると、ゴキブリたちは一斉に俺の体を登り始めた。  完全にパニックに陥った俺は、ありったけの声を出したつもりだったが、のどが詰まって声は出なかった。
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