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第3話
夜の宴は、盛大に開かれることとなった。伝聞師らは、參ノ國の大陸中を走り回り、各一族や世界の動向を教えて回る。彼らは、多くの村々で歓迎される立場にあった。
柰雲たち一族も歓迎することは当然のことだと考えている。それに、どんなに貧しく苦しくとも客人は丁寧にもてなすのが基本だ。
しかし、久々の来客に浮かれていた気持ちが、伝聞師の一言で地に落ちた。
「大変言いにくいことですけれど……ハシリ一族が、もうすぐそこまで来ています」
伝聞師の初老の男は、宴の席で困ったような顔をしながら話し始めた。宴の盛り上がりが、一瞬で静まる。伝聞師は参ったなと頭を掻いた。
「こんなにもてなしてもらっておいて申し訳ないが、言わないのも氣が引けますからね。それに、私が今伝えれば、できる対策もございましょう」
伝聞師は複雑に眉をゆがめて、手に持った酒の杯をいったん卓に戻した。大王が渋い表情で瞬きし、立派な髭に隠れた口元を動かす。
柰雲は部屋の隅で食べ物をもそもそと口に運びながら、彼らの聲に耳を澄ませていた。
「伝聞師どの。そこまでとは、どのくらい近くまで来ているのでしょう?」
「二つ向こうの村は、すでに制圧されています」
放たれた言葉に、その場にいた全員が騒めき息をのんだ。
「そんな近くに……」
速玖而が苦々しく奥歯を噛む。さすがにそれには大王も驚いたようで、いつになく真剣な表情で腕組みをした。
ハシリ一族とは、広大な參ノ國大陸の、北の果ての山脈の向こう側で生活をしている山岳民族だ。身体が大きく、彫りの深い顔立ちが特徴の狩猟戦闘民族でもある。
彼らは数年前に起こった大飢饉によって、生活基盤が立ちゆかなくなったらしい。すると、故郷を捨て南下してきたのだ。
しかし、ただ南下してきたのではない。
大陸の中央の平原に広がる肥沃な土地を求め、軍事力と武器によって大陸を支配し始めたのだった。
並外れた強靭な肉体を持つハシリ一族は、平地を治める農耕民族たちを次々に襲撃すると、あっという間に領地を奪っていった。その勢いは凄まじく、この数年で大陸の三分の一はハシリ一族に支配されたという。
「氣ををつけなければ、白壽の稻も侵されて、毒稲となってしまうでしょう。種籾は保存してありますか?」
もちろんと頷くが、大王の声は先ほどよりも数段低く苦渋がにじみ出ていた。
――毒稲。
それは、平地の民が一番恐れている物だ。
ここよりさらに西では、ハシリ一族が北から持ってきた寒稻という繁殖力の強い稲穂が平地の白壽の稻と交配していった。
しかし、二つの稲穂の相性は悪く、交わっていくうちに変異を繰り返し、いつの間にか毒稲となってしまう。
毒稲になった白壽の稻と寒稻の交配種は、人も家畜も食べることができない。誤って食べた馬や牛は泡を吹いてのたうち回って死ぬ。
毒稲は、目を見張るほど紅い実を成す。
鮮烈な紅の稲穂を見て「あれは大地に流れた先祖たちが流した恨みの血を吸って育ったのだ」と人々は一様にささやいた。
毒稲は寒稻と同様、恐ろしい繁殖力を持っていた。
種が一粒でも白壽の稻と交配しようものなら、たちまちその畑一面が不気味な紅い穂をつけると言われている。それ故に、白壽の稻の種籾を蔵に押しとどめて、近隣のどの村でも大事に保管してある。
さらに問題なのは、毒稲に侵された田畑に白壽の稻は植えることができず、一度焼き払っても毒が残ることだ。
毒の残る土には、ハシリ一族の持っている、ジャロ芋が細々と育つだけだという。
「もちろん、種籾は蔵に保管してある。だがしかし、そこまで彼らが来ているということは、この畑もよもや……」
「そうなってはなりません、父上! 侵略者たちは、直ちに元の土地へ追い返すべきです。攻め込んでくるようでしたら、こちらも応戦しましょう!」
速玖而が顔を真っ赤にして大王に直訴した。周りも神妙な面持ちで肯定する。それに大王は答えず、押し黙った。
「……戰は、ならぬ」
沈黙を破ったのは、しゃがれているがよく通る聲だ。
聲の主である大巫女を、場の全員が見つめる。村一番の老婆である大巫女の瞳は空よりも広く、海よりも深い叡智をたたえていた。
「戰はならぬぞ。大地に我が一族の血を吸わせてはならぬ。それこそ、毒稲の温床になるであろう」
大巫女の一言に、またもや重たい沈黙が流れた。どうすればいいと呟きはしなかったが、それは誰もが思った事だった。
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