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どうして駅前で待ち合わせなんてしているのだろう、暑さでぼんやりとした思考が疑問を生み出した。 夜中の雨の影響か、濡れた地面の湿気と人混みの熱気は今すぐにでも家に帰りたい不快さだった。 分かりやすく動きやすいからと、安易に待ち合わせ場所を決めた自分にも非はあるが、天気予報はこんなに暑くなるなんて言っていなかった。 だから天気予報は好きじゃないんだ、心の中で呟きながら、水滴をまとったペットボトルを一口飲む。 せめてファミレスに入って、クーラーのガンガン効いた部屋で遅刻魔のあいつを待っていたい。 だがあいにくスマホを家に忘れてきてしまった。 待ち合わせ場所の変更も伝えられないんじゃ大人しく待っているしか方法がない。 手持ち無沙汰な右手をゆらゆら揺らしながら、ぼうっと正面を眺めた。 広い駅前に整備された道、さすが都会と言うべきか僕の地元とは雲泥の差だ。 人口の差も顕著だが、誰も他人に意識を向けずに暮 らしている、それはすごいことだ。 しかし気にされなさ過ぎて、透明人間になったんじゃないかと不安になってきている。 足早に去っていくスーツの男、ベビーカーを押す母親、切符をたどたどしく買う小学生は初めて遠くまで行くのだろう冒険者のような顔をしていた。 ふらふらと色んな所に目をやっている間にも、人はどんどん僕の前を通り過ぎていく。 目の端に動くものを捉えた。 「遅れた!マジごめん!」 木陰ベンチに座っていた女性の彼氏が来たらしい。 言葉よりも早かった彼氏の潔のいい土下座に女性は怒りより羞恥心が勝ったようで、彼氏を急き立てるようにして去って行った。 やっとベンチに座れた、しかも木陰下のベンチはこの猛暑ではオアシスだ。 水滴もなくなったぬるいペットボトルを一気に飲み干す。 空になったペットボトルに木漏れ日が反射して、小さく輝く様は涼しげで暑さも和らいだ気がする。 「おそいなぁ」 スマホがないとはこんなに不便なものか。 最近はスマホをなかなか手放さないので、暇な時間に何をすればいいのか分からなくなってしまった。こんな有様じゃスマホなしの生活なんて想像もしたくない。 しかし、スマホを貰う前はどんな生活だったのだろうか。 人生にスマホが登場したのは確か、中学に上がる前だ。友達も持ってるんだって両親を説得して買ってもらったんだった。 とりとめのないことを考えながら俯いていた頭を上げ、軽く伸びをする。 するとさっきの小学生集団が目に入った。 彼らの姿を見た途端、何故か郷愁と悲しみが僕の心をいっぱいにした。 そして、炎天下の中笑い合う子供達に昔の幻影を見た。 その姿はいつかの僕たちのようで――。 そして木漏れ日に照らされながら、僕はふと思い出した。 あの夏の記憶。 そう、うだるような暑い夏休みが僕の運命の分かれ道だった。 アスファルトに浮かぶ陽炎を見つめながら、僕は記憶の糸を手繰り寄せていく。
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