成人の儀と賊の侵入

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「……僕は、大丈夫だろうかティナ」  王子の少し緑がかった青い瞳が不安そうにこちらを見た。心臓が早鐘を打つも、いつものように悟られまいと無表情を貫きながら、私は、(きら)びやかな黄金色の鎧を身に着けた王子の元へと一歩近づく。  王子に、内心を悟られるわけにはいかない。絶対に、絶対に。 「問題ありません、マリク王子。王子は今日もす──」 「……す?」  私の思考が突然止まってしまったがゆえに、王子は戸惑いの表情を浮かべた。ダメだ、ティナ。ティナ・アールグレン。王子の困ったような瞳が子犬のように可愛いなどと、そんなことを微塵も思ってはいけない。  私は、王子の視線から逃れるように目を瞑り咳払いを一つして、王子の疑問に答えた。 「素晴らしい晴れやかな顔をされています。これから始まる成人の儀においても、お集まりいただいている皆様が誇らしく思うことでしょう」  本当は、「王子は今日も素敵です」と言うところだった。言いたかった。いや、素敵ですは一般的な褒め言葉であるがゆえに言っても良かったはずだが、言葉の衝撃に私自身の心が耐えられるかわからない。たぶん、きっと、おそらくは絶対に口調がおかしくなっちゃ──なってしまう。 「そうか。ティナが言うのならばそう見えるのだろう」  王子は私の本心に気づくことなく輝く笑顔を向ける。私は大きくうなずくと、 「はい。それでは王子、行ってらっしゃいませ。どうぞご武運を」  と言って王子を送り出した。  緊張の面持ちで王子は大広間へ続く太陽の紋章が描かれた大扉を開ける。中からは大勢の拍手の音が弾け、王宮付きの楽団の演奏が始まった。  王子を送り出すまでの私の役目はここまでだ。後は立派に王子が成人の儀を果たすことだろう。ここから先は──。 「──状況を」  帯刀していた小剣を抜いた。足早に移動しながら、後ろに控えていた鉄兜を被った近衛兵に現況報告を求める。 「正門、裏門、中庭、その他侵入が可能な箇所に兵士を配置し、厳戒態勢を敷いています。現状では賊などの報告はありません」 「街の様子はどうだ?」 「王子の成人を祝う町民たちで賑わっていますが、今のところ怪しい動きはなさそうです」 「了解した。では、引き続き王子の警護を頼む」 「了解。しかし、アールグレン様はどこへ?」 「私は、少し気になるところがあるのでな。では、失礼」  近衛兵は兜の下から疑問に満ちた目をのぞかせたが、すぐに配置へと向かった。それを見届けてから早歩きから小走りへ移行する。  城の守りは完璧だ。だが、それは外からの守りに対して。もし、もしも私が王子を襲撃すると考えるならば取るべき手段は一つ。 *  成人の儀の喧騒とは打って変わって静寂に包まれた薄暗い階段を降りていく。わざと革靴の音を立てながら。靴の音に怖気づき逃げていくならそれでいい。  もちろん、私の思い過ごしであるならばそれにこしたことはない。賊は一人も現れず、王子の成人は和やかに国中の皆に祝福された。最も素晴らしい理想的な形だ。  だが、今日は王子がいよいよ公職に就かれる成人の儀。国に異を唱える者にとっては、王子を襲撃し、国の威信を(おとし)める格好の口実となる。  私の王子を危険な目に遭わすわけには絶対にいかない。  牢屋への扉が近付く。私はわざと大声を張り上げた。 「看守長! 見回りだ!」  冷えた階段を私の声が響き渡る。返事はない。もしや──。  中から何かが飛んでくる音が聞こえて、後ろへ跳んだ。目の前の扉が赤く燃えたと思ったら、次の瞬間には縦に真っ二つに割れて中から頑強な大男が姿を現した。 「あん? バレたかと思ったらオネエチャン一人か? 何しに来た?」  剣の切っ先を賊に向ける。品はない、ガラは悪い、ついでに頭も悪い──この程度の輩なら王子の邪魔すらできない。 「私の名前はティナ・アールグレン。今日から正式な──王子の秘書官だ」 ◇◇◇◆◆◆  タイトルの通り、クーデレな秘書官のティナ・アールグレンの物語が始まりました。クールに見えて王子の一挙手一投足にいつも心が揺れ動いているティナさんが、王子を守る秘書官として、生き生きと動き回ってくれるような物語が描けたらと思います。  どうぞよろしくお願いします。
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