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力が抜けて剣が落ちていく。
「最初はな、城下町で王子をさらおうと思っていたんだ。いい交渉ができそうだろう」
全身が震えているのがわかる。顔を上げられない。王子の顔を見ることができない。
「だけど、お前を見つけて気が変わった。随分と大人びたが、その銀髪は覚えている。それに今のお前の顔は、母親そっくりだ。人間などと結ばれた哀れな女のな」
ティナ・アールグレン! 剣を拾え! 動け! 頭を回せ! 王子を助けなきゃいけない!
「お前は弱かった。だから捨て置いたのだが、予想外にお前は強くなっていた。今のお前の力は神の祝福にあやかって平凡に生きている人間どもにはもったいない。我ら神に見捨てられた咎人のために使うべきだ。この世界を変えるためにな」
「あ……あっ……」
息がうまく吸えない。頭に痛みが走り、ぐるぐると視界が回る。父が倒れ、母が刺され、血が流れるあの夜の記憶が何度も何度も頭の中で回り続ける。
「来い。ティナ・アールグレン。忘れたのか? お前は我々と同じ、神の創ったこの世界に居場所などないただの咎人だ。神の支配に抵抗した一族の末裔だ」
……私は、咎人。生まれ落ちたときから呪いと血に塗れた咎人。
首を振る。必死に首を振る。
違う。私は、そうじゃない。私は、私は──。
「違うよ」
反響する王子の落ち着いた声が私の思考を止めてくれた。私の目は自然と王子をとらえ、私の耳は王子の声を聴く。
マリクはこんなときでも、私の目を見て微笑むと高らかに大きな声で宣言してくれた。
「ティナ・アールグレンは、王子の秘書官! 咎人だろうがなんだろうが変わらない! 今も昔も、僕の隣がティナの居場所だ!」
暗がりにおいてもなお、王子の姿が光り輝いて見える。太陽が照らしているかのように。子どもの頃の私が信じた王子の姿そのものだ。
かつて王子は約束してくれた。咎人であることを告白した私に。
『マリク。マリクが守るみんなの中に、私は……いる?』
『前も言ったけど、もちろんティナも入ってるよ。ティナはこの国に住む人だもん。それに、僕の大切な友達だ』
『咎人……だとしても? 私が半分、咎人だったとしても?』
『咎人だってなんだって変わらない。ティナはティナだから』
「──ってめえ! いい加減に──」
男が手に持ったナイフに力を込めた。
「やめろ!」
寸前で手が止まる。でも、ナイフの切っ先で皮膚が破け首筋から血が出てきてしまった。
「これ以上、王子を傷つけるわけにはいかない」
私の心は、何を言うべきかもう決めていた。喉奥から絞り出したような声は情けないほどにか細くて、いまだに体は震えていた。それでも、私はこう言わなければいけなかった。
「王子を解放してほしい。そのためなら私は、貴様についていく」
今、この状況で私ができるのはこれしかなかった。
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