成人の儀と賊の侵入

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「それでは出発しよう。くれぐれも、私が王子だと気づかれないようにしてほしい」  そう言うと、市民に扮した王子は馬ではなく徒歩で王宮の門を出立(しゅったつ)した。王子の隣には街の若者を装った近衛兵の一人が付いている。友人2人で街を散策している、という設定だ。  他の近衛兵も各々、怪しまれない程度に何かに扮しているわけだが……。 「なんだぁ? 不満そうだな? まあ、俺と一緒じゃ父親と娘みたいに見えちまうもんな、あっはっはっは!」  私の背丈よりも遥かに大きい近衛兵長アーダン・ディンブラ殿が、豪快に笑い声を上げる。白髪で隻眼の戦士だ。右目にはいつぞやの戦いでつけられたらしい切傷が深い跡として残っている。私が一兵士として王宮に入ってからは随分とお世話になった。それが今は秘書官と近衛兵長として共に王子を守る任務についている。不思議な話だ。 「いえ、別段何も思ってはいません」  本当は、王子の横がよかった……なんて言ない。でも、楽しそうに談笑している王子を見ていると、やっぱり少し(うらや)ましい──。 「本当は王子の隣が良かったのに。王子はなぜ、私を隣に付けてくださらなかったのか……とでも言いたそうな顔をしているが?」 「……まさか、そんな」  な、なななななにぃ!? 馬鹿な、なぜ私の気持ちがっ! はっ! まさかっ! 「ディンブラ殿」 「ん? なんだ?」 「ディンブラ殿は、確か〈重槍(じゅうそう)の紋章〉を宿していると聞いています。他にもたとえば、た、他人の心を読む紋章など宿していたりなどは」 「他人の心を読む紋章?」 「いえ、もしくは感情を読み解く紋章でも」  ディンブラ殿は、また大きな声でひとしきり笑うと、目から出た涙を拭った。そんなにおかしいことを言ってしまったのだろうか。 「そんな紋章聞いたことねぇな。俺が使えるのは兵士になってこの方、ずっとこの左手の〈重槍の紋章〉だけ。魔法の方は全然だめだから、この身に宿せる紋章も一つだけだ」  そう言うと、左手の甲を見せてくれる。そこには、2本の槍が交差した紋章が描かれていた。 「なるほど。失礼、少し気になったもので。ありがとうございます」 「いや、なに。それにしても、秘書官様は、何か心の中を読まれると困ることでも考えていたのかい? 王子のこととか」 「またお戯れを。確かに王子のことは考えていました。フードを被っているとはいえ、誰かに正体がバレてしまうのではないか、とか」  ……バレている。なんで! どうして!?  私の動揺を知ってか知らずか石橋を渡っていた王子がくるりと振り返った。柔和な笑顔にドキッとしてしまう。 「おーい、ティナにアーダン! もっと普通の会話をしてくれ! そんな会話ばかりしてたら怪しまれるだろう!」 「は、はい! 失礼しました。配慮が足らず」 「いいんだ! じゃあ、行こう!」  橋を渡り切れば久方ぶりの城下町に出る。行き交う人々の雑踏に、談笑。王宮とは打って変わって賑わう光景に、城下町で住んでいた頃の懐かしい匂いを感じた。 「なぁ、ところで──」  ディンブラ殿が耳元で声を潜ませる。 「どうやって、王や大臣連中を説得したんだ?」 「それなら。『万が一にも王子の身に危険が及ぶことがあれば、賊と賊に繋がる全ての者を殺し尽くした(のち)に私がその首を持って償わせていただきます』、とベルテーン現国王に述べることで、無事に王子の無理難題を解決することができました」  なぜかディンブラ殿は額に手を当てて頭を横に振った。 「何か?」 「いや。秘書官──おっと、ここからはティナだな。ティナのその手腕に感心しただけだ」 「はぁ……」  ディンブラ殿は目を鷹のように鋭くすると、まるで新しいものを見るようにキョロキョロと辺りを見回す王子の後ろ姿を見た。 「さぁて。無事平和に終わってくれればいいけどなぁ。なんて言っても『始まりの剣』を司る国の王子だ。気を引き締めていくとするか」 「ええ。それはもちろんのこと」
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