ずっと同じがいい

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『芽吹いた植物が成長する今の時期は、人が新しいステージで成長していく季節でもあります……どうたらこうたら、なんたらかんたら――』  社内研修会で新入社員に訓辞を垂れる自分の姿を撮影したVTRがモニター画面に映っている。緊張している様子が窺われ、自分でも微笑ましかった。  あの頃は自分も若かったな、と私ことエヌは思った。  遠い昔を振り返る。 ・嘘を吐いたら鼻……じゃなく耳が伸びるようになった。これで憧れのエルフに近付ける!?  子供の頃は、今では信じられないほど空想力が豊かだった。罪のない嘘の話を創作して皆に話して聞かせ喜ばせたりウェブの小説サイトに投稿して「いいね!」を貰っていたのだ。枠にとらわれない、のびのびとした作風で、伸びしろは無限大だと自分でも思ったものだった。そのうち異変が起きた。嘘を吐いたら鼻……じゃなく耳が伸びるようになったのだ。まさに異常事態だったが、当時の私は気に留めないどころか、感動していたのだから驚く。その頃の私は根っからのファンタジー人間で、そういう系統の世界や種族に病的な憧憬を抱いていたのだ。しかし、世の中は上手くいかない。これで憧れのエルフに近付ける!? と喜んでいたらエルフから苦情が来た。耳が伸びたからエルフになれるとは思い上がりも甚だしいというのである。勝手にエルフになろうとするな! 等を書いてあった。そんな抗議の手紙――起きたら枕元に置かれていた――を読んで私は最初とても悲しみ、次にむかついた。耳が尖っているのはエルフの専売特許というわけでもあるまい。ウサギだって犬だって、耳がぴよ~んと伸びている種類はいる。そいつらが皆エルフの許可を貰って耳を伸ばしたわけでもないだろう。思い上がっているのはエルフよ、お前らだ!  私はエルフを誹謗中傷する嘘の話を周辺の人たちに話しまくり、不特定多数の人間にもウェブを介してエルフの悪行を伝え続けた。エルフからの抗議の手紙も続いたが無視して書いた。その間も、私の耳は伸び続けた。幸い、伸縮自在だったので皆に知られずには済んだが、エルフはそれも許し難かったのか、ある晩、私を直接脅迫してきた。  寝ようと思って布団を挙げたら、その中から数人のエルフが飛び出して私を脅した。 「エヌとかいう生意気な奴は、お前だな」 「我々エルフを愚弄することを止めないと、恐ろしい罰を与えるぞ」 「人間のくせして耳を伸ばすなんて、百年早いんだよ」  丸刈りを強制する運動部の顧問や先輩みたいな連中に向かって私は吠えた。 「悪魔に命じる、エルフどもを追い払え!」  闇の中から現れた尖り耳の悪魔がエルフに牙を向く。怯え慌てふためいたエルフどもは一斉に姿を消した。危険が去ったと判断した私は召喚した悪魔を基の世界へ戻した。騒ぎを聞いた両親が起きてきて、二人に悪魔の姿を見られたら大変だ。  私はエルフの消えた布団に入った。何かあったらすぐに悪魔を呼び出すつもりだった。エルフ憎さのあまりネットに罵詈雑言を書きまくっていた私に悪魔が協力を申し出てくれたのは幸運だった。エルフと対立する種族である悪魔は、尖り耳の私を自分たちの仲間だと考えてくれたのである。  エルフとは大違いだ、と思いながら、私は眠りに就いた。 ・“推し活で寿命が延びるシステム”が開発され、誰もが何かを推す時代がやってきたのだが……?  信じられない話だが、開発者である私ことエヌが言っているのだから間違いない。成長した私は悪魔とタッグを組んでシステムを創り上げたのである。そのシステムの根幹は悪魔に魂を売る魔術が変化したものだ。推し活で寿命は延びる……だが、その魂は悪魔の物になるのだ。  このままいけば、世界は我々の陣営つまり悪魔と私の物になる! と喜んでいたら、エルフが攻撃してきた。厄介なことにエルフどもは、悪魔と対立する天使の軍団と同盟を組んで攻めてきたので、我々は旗色が悪かった。もはやこれまで! となったので、私は異世界へ逃れた。 ・ぐんぐん営業成績を伸ばし、社内トップに立った新人。ある日、その理由を知ってしまい……。  中途採用のエヌは、ぐんぐん営業成績を伸ばし、社内トップに立った。新人らしからぬ業績で、どんどん昇格し、一年後には社内研修会で新入社員に訓辞を垂れる地位にまでなった。  あたしがエヌを初めて見たのは、その社内研修会だった。営業トークの達人だと聞いていたわりに緊張のためか立て板に水の喋りというほどではなかった。後で本人に聞いたら、この場だと嘘を吐けないので上がってしまった、とのことだった。  それは事実だ。エヌは嘘を吐くのは上手だが、本当のことを言うとなると、ちょっと口調が怪しくなる。交際を初めてしばらくして、あたしはそれに気付いた。でも、言わないでいる。パートナーの弱みを握っておくのは良いことだ。  そう、あたしとエヌは交際している。交際を申し込んできたのは向こうからだ。あたしはエヌより年齢は下だけど、入社は先輩だ。だから、凄い新人が現れたと聞いて興味を抱いていたのは確かだ。でも、好みの男性じゃなかったので、その場は返事を保留し、後からノーサンキューしようと思っていたら、妙なことが起こった。エルフと天使を名乗る耳の尖った奴らから「エヌと交際してくれたら謝礼を渡す」と頼まれたのだ。エヌはエルフと天使の仇だそうで、その動向を探るスパイの役をやって欲しいというのである。  悪魔の力でエヌは営業成績を伸ばしていると聞き、さもあり何と思った。それぐらいでないと、あそこまで仕事はできない。その秘密を知ったあたしは、スパイとしてエヌと交際することを決めた。ただし、エルフと天使に条件を出す。 「永遠に変わらず美しい姿にしてちょうだい。ずっと今のままがいいの」  あたしの出した条件に、エルフと天使は難色を示した。ずっと同じものは存在しない、というのだ。どんなものも永久不変ではいられない。人間もそうだ。その変化は全部が喜ばしいものではない。たとえば、成長が終わった人は老いていく一方に見える。それは悲しいことだ……が、それは表面的なもので、内部は成長し、すくすく伸びているのである。外面の変化を止めることは内面の成長を止めることになりかねない、とエルフと天使は止めたが、あたしの意思は変わらなかった。 ★☆彡n  月日は流れたが、妻の外見は知り合った当時と変わらない。悪魔に魂を売ったのか、と疑うレベルだ。ちなみに悪魔に訊ねたら、そんな契約は交わしていないとのことだった。そうなると、エルフや天使が彼女に祝福でも与えたのかもしれない。そうだとすれば、もう一つ祝福を追加して欲しかった。彼女の内面は、昔から何も変わっていないのだ。年寄り臭くなくていいとか、無邪気で若いね、とか言っているけれど、それらの言葉には疲労感が付きまとっている。もっとも、嘘ではない。本心ではあるけれど……ずっと一緒にいると、疲れる。  年を取り若い頃のVTRを見ていると、なおさらそう思う。若やいでいる自分と妻の姿を見て、人間の成長はうわべだけではないと感じるのだ。  私が本当の悪魔なら、妻と別れているかもしれない。だが、私は悪魔になり切れない。妻を愛する気持ちに変わりはないのだ。
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