屋根裏部屋

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屋根裏部屋

 やっと目を開けたチビは眠たそうに目をこすった。 「おねえさん誰?」 判る筈がない。 私も今の今まで考えも及ばなかったのだから。 (私は確かに十年前、鏡の世界へお・ね・え・さんと入った。そしてそれは……パパを探す為だった……) 何故今まで忘れていたのかを知りたい。 その答を得る為に、もう一度あの鏡の中に入らなければいけない。 私はその事を知りながらきっと此処に来たのに違いなかった。  無理やり起こした後、二人で屋根裏部屋に行く。だからチビは不機嫌だ。 そりゃあそうだ。 魔法の鏡が怖くて、屋根裏部屋から逃げ出したばかりの筈だ。 そんな時に……、れも就寝中にいきなり…… 見ず知らずの年上の女の言いなり……。チビでなくてもビビる筈だった。  チビは夢でも見ていると思っているのか、屋根裏部屋のベッドでいつの間にか眠っていた。 でも却って、パパのお土産の鏡を探すには良いチャンスだと思った。それは私がねだった物だった。 嘘か本当か。 お伽話に出てくる魔法の鏡だった。 年に数回しか会えないからなのか。 親子の時間を大切にしてくれたパパ。 ベッドでの絵本の読み聞かせは、パパが担当になる。 小学生だと言うのに甘えん坊で、やっと逢えたパパを独り占めしたかった。 それには、寝付くまで一緒に居られるこの時間が最適だったのだ。  『パパ……魔法の鏡って本当にあるのかな?』 『あるって聞いたよ』 『もしあったら欲しいな』 パパの意外な言葉に私は驚いて、それをお土産に頼んでいたのだった。 そうだ。確かにあの鏡は私が頼んだ魔法の鏡なのだ。思い出した、僅かながらに。  それは摩訶不思議な鏡だった。人物を写し出したらそのまま、まるで絵のように動かない。 一旦その状態になると、其処から動いてもずっとその人を映し出している。 まるでその人に執着するかのように。 私は、私を写したままの鏡が怖くなった。 だから母にすがり付いて泣いていた。 『これが鏡? あなた騙されたのと違うの』 母も呆れていた。 『可哀想に。でももう泣いちゃ駄目よ』 母は泣き虫の私を抱き締めてくれていた。 『いや、船の上ではちゃんと動いていたよ』 パパも反撃する。 魔法の鏡はこのようにして我が家にやって来たのだった。  そう、外国航路の船長だったパパの土産だった。 『頼まれた、魔法の鏡だそうだ。言っておくが本物だぞ』 そう言いながら、屋根裏部屋で手渡してくれた。 (そんな馬鹿な!?) そう思った。 でも私は確かに、その鏡が欲しいとねだっていた。これから航海に出ようとしていたパパに……。 でも本物だと言うパパの言葉が怖くて、それ以上見なかった。  だから此処に置いたままになっている……、筈だった。だけど影も形もない。 あの鏡が全てを知っているのに…… パパは私のワガママなおねだりを無理をしてまで叶えてくれた。 だからこそパパに会いたいに…… あの鏡は今何処にあるのだろうか? まずそれから探さなくてはいけない。 そう思った。  屋根裏部屋を隈無く探してみた。 でも魔法の鏡は何処にも無かった。 その代わりにガラスの小箱が見つかった。 それは今まで一度も見たことのない物だった。 見つけたきっかけは満月だった。 トップライドから入ってきた月の光が、その存在を示すかのように輝かせていたからだった。 私はその中にリボンを見つけた。 チビとお揃いのリボンを。 (どうしよう。あの鏡がないとパパを助けに行けない!) リボンの事は気になる。 でも今は鏡探しが先決だった。 無ければ冒険に行けなくなるからだった。  目を閉じて十年前の事を思い出してみる。 お・ね・え・さんとチビの二人は、確かに冒険した筈だった。 あの鏡の中を…… (何処にあるんだろう? 何処にやったのだろう? 何処に行けば良いのだろう? お願い誰かー。お願いパパを助けて!) 思いは其処へ行き着いた。  「ママー。パパの鏡知らない?」 最後の手段だった。 私はチビの振りをして母の部屋に声を掛けた。 『どうしたの? 興奮して眠れない?』 此処へ来る前に浴室でのやり取りした姿を思い出す。母の声に変わりはなかった。 ついさっきまでいた時代が懐かしい。 「そうなの。もう一度あの鏡を見たいと思って」 私は又聞けた母の声に思わず涙ぐんでいた。 『でもあれって本当に魔法の鏡なの?』 「パパがそう言っていたから、間違いないと思うよ」 『ママねー、あれは絵だと思ってリビングに掛けたけど……だって怖がって居たでしょう?』 「でも、パパのお土産だし……それに、もう屋根裏部屋で寝ないから大丈夫」 私は精一杯の嘘をついた。 だってこれから魔法の鏡を探検するなんて言える筈がない。  母の言った通りだった。私を写したまま魔法の鏡は動かなかった。だから絵だと思ったらしかった。 私がその絵を見て怖がったのを知っていて、そうしてくれていたのだった。  (それともママはパパの悪戯だと思っていたのか? きっと世界一美人は私だと思わせるためだと……。でも何故ママではなかったの? もし絵を描いて貰うのだったら……愛する奥さんの筈では?) 私はそんなことを考えながらそれ を外し、屋根裏部屋に向かった。  又チビを揺さぶった。チビは屋根裏部屋のベッドの中で眠り続けていた。 「あれっおねえさん? さっきのは夢じゃ……?」 チビが言う。 そうだ、確かに自分もそう言った。 (やはり、此処は十年前の……そうだ。これから二人だけの冒険に出掛けるんだ!)  チビと二人で屋根裏部屋の鏡の前にいた。 でもチビは泣いていた。魔法の鏡が怖かったから、自分の元居た部屋に舞い戻ったのに、又此処に居る。 (そりゃあ怖いに決まってる) 私は二人の気持ちの間で揺れていた。  (魔法の鏡は屋根裏にやはり置いてあったんだ。母が移動させた後、私が又其処に置いた。だからずっと屋根裏部屋に置いてあったものだと思ったのだ。だから私はずっと屋根裏を探したんだ) 心を落ち着かせる為に、蛍光灯を消してみた。トップライトから月の光が二人を照らしている。チビが泣く理由は解っていた。 でも、泣きたいのは私だった。 私は魔法の鏡が動かないように、屋根裏部屋にあったガラスの小箱を添えた。  あの日と同じに…… あの魔法の鏡が私達を写している。 私は十年前のお・ね・え・さんの真似をする。手を繋ぎ、片方の手を鏡の縁に掛ける。 そうすれば体は現世に残せると思ったのだ。 そう、鏡の中を旅するのは、魂だった。 (そうだよね? 私が十年前に会ったお・ね・え・さん教えて) 私達は手が離れないようにしっかりと繋ぎ合った。 そして私にとっては懐かしい。ワクワクドキドキの、鏡の世界。 私は怖がっているチビと一緒に飛び込んで行った。  (えっ!? 何故二人を写してた!? 確か、確か……さっきまで自分一人だった……。それが何故……!? やはり絵ではなかったのか? パパもしかしたら私、とんでもない事をしようとしているのかも知れない)  怖い。でもパパはきっと待っていてくれる。私達が、この鏡の何処で捕らわれの身になっているパパを探し出してくれる事を。 (パパ待っていてね) 私はチビの手を取って、運命の時を待っていた。
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