雅のお兄さん?

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雅のお兄さん?

 チビ以外誰も居ないはずの甲板が、ふと頭の片隅を過る。チビを置いてきぼりにしたことを後悔し、急いで戻るってチビの体を揺さぶった。それでも起きないチビ。 (羨ましい……。でも十年後には悩みだらけだよ) 私はチビを見つめた。 (きっとまだ夢の中なんだよね。この硬い甲板もベッドなんだ) 痛いと解っている。 それでも私はもう一度、今度はもっと強くチビを揺さぶった。  やっと起きたチビは眠そうだった。 私はそんなチビを誘い、一緒に下にある船長室に行った。でも其処にも誰も居なかった。 「まるで幽霊船だね」 アクビをしながらチビが怖いことを言う。 「そんな事言わないで、本当になったら……」 弱気な言葉を発した私。 それを聞いたチビは臆病な私を笑った。 チビは好奇心旺盛だった。心配する私をよそに、アチコチ探し廻る。 「止めて、チビの言う通り幽霊船だったらどうするの?」 「お姉さん怖がりだな」 チビは笑っていた。  「見て、テーブルに名前がある。キャプテンバッドだって」 チビが何かを見つけらしく得意気に言った。 私はそれを確かめるために早速駆け付けた。 キャプテンバット。それは以前パパから聞いた名前だった。 「キャプテンバッドって、あのキャプテンバッド?」 私は震え上がった。 「お姉さんもパパから聞いたの? 格好いいよね、キャプテンバッド」 チビが意外な事を言った。 (キャプテンバッドが格好いい……? そんな事言ったかな?) もう私は過去の記憶に自信を持てなくなっていた。  キャプテンバッド……。勿論通称だ。 本名は誰も知らない。 七つの海を暴虐武人に荒らし回る。デンジャラス過ぎる海賊だった。 十七世紀に同じように七つの海を暴れ回った大海賊がいた。スコットランド生まれの商人だった。 海賊退治の許可を貰って船長になって、自らも海賊になったと言う経歴の持ち主だった。  キャプテンバッドは、自らその子孫だと名乗った。 『勿論嘘っぱちだ』 とパパは言った。 『でも本当かも知れない 』 後で確かにそう言っていたのを聞いた気がした。  (この船はきっと海賊の帆船。何か格好いい) でも本当は、その考えには批判的だった。 海賊でもパイレーツでも、やっていることは卑怯極まりないと思っていたから。 (海賊なんて、映画とマンガで充分だ) 娯楽の象徴としてなら受け入れられる。でもそれすら、今は恐怖だった。    悪名高きキャプテンバッド。それがこの船の持ち主であり、最高実力者なのかも知れない。 『神出鬼没。その言葉はこの海賊の為にある』 そうパパが言っていた。 世界一凶悪な海賊。 キャプテンバッド。 (きっとこの船の何処かに隠れていて、私達を見張っている) 私はそう思っていた。 でもキャプテンバッドは、二十世紀前半に死亡していた筈だった。 (って言う事は、チビの言う通り幽霊船なのか?) 死してなお、暗黒の海を漂い続けるキャプテンバット。彼の愛船は幽霊船となり、彼の御霊と航海しているのだろう。 それがきっとこの船で、私な感じている恐怖の全てなのだろう。  パパからキャプテンバッドの戦い方を聞いたことがあった。 (思い出した……。確か数を少なく見せかけて、油断した隙に一気に攻撃を仕掛ける。んだった。そうか!? だから隠れて私達を見張っているのか?) 私は一人で震え上がっていた。  その時ハーフパンツの中で携帯電話が鳴った。 と言うか……、振るえながら微かに唸っている。 (そうだマナーモードにしておいたんだ……。えっ嘘!? そんな馬鹿な……) 私はただ呆然としていた。もう何も考えられなくなっていた。 (此処は十年前じゃないの? 何故十年後のガラケーにかかってくるの?) 怖さが躊躇いを誘発する。それでも私は携帯のカバーをそっと開けた。  それは雅からのメールだった。 『ウチの兄貴知らない?』 (何だ!? ウチの兄? ……って。あっ確かフェンシングの会場で……) 私は雅にお兄さんがいたことをあの時初めて知ったのだ。  『此処には居ないよ』 とりあえずそう返した。 (あれっ? 雅にお兄さん!? 本当にそんな人居たかな?) 私は本当はまだ納得していなかったのだ。だって保育園からの幼なじみの雅だから、私の知らないことなどあるはずがなかったからだ。 だから雅の話に合わせていたのだ。
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