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2 星のように昇る
惑星エライユは緑豊かで四季があり、基本温暖で冬も雪が少ない。
陸地も充分にあり、生き物が暮らすには最適な地である。
にもかかわらず、エライユの住人は全部で十五人だ。
あーん、王様好き好き、と八人のメイドたちはエライユの王の座る椅子にしなだれかかった。
田舎で娯楽が少ないからか、彼女たちの性格故か、よく分からないがとにかく風紀が乱れまくっている。
王はおうよしよし、とメイドたちを撫でまわし、
「よし、お前も来い」
両手を広げてリリーを誘った。
リリーはさっと顔を青くして両手で顔を覆う。
「恐れ入ります、」
耐荷重が、と言いかけた途中で木製のガーデンチェアはバキバキになって全員ひっくり返った。
庭に置いている一人掛けのガーデンチェアだ。
メイドが八人乗っても大丈夫、という訳にはいかない。
痛えとか椅子が壊れても好きだとか何だとか大騒ぎしながらもみくちゃになっていたが、リリーは見なかった事にしてその場を去る事にした。
エライユに来て半年。
付き合い方にも何となく慣れた頃だ。
宴もたけなわ、夕飯が終わると皆部屋に戻って行った。
リリーは残って中庭の薪の残りで椅子の残骸を焼く事にした。
いつもは魔法で収納している翼──背中の鳥のような白い翼を思い切り伸ばし、開放感で二、三度羽ばたかせる。
照れもあって、まだ皆の前で飛んだ事はないが……こうしてひとりきりになると時々文字通り羽を伸ばすのだ。
メイドたち曰く、スッゴクヨクモエルマキ──ヴィントからブナの木だと訂正が入った、とは違って、加工されているからか椅子はなかなか燃えにくい。
焚き火台の小さな火の粉が舞い上がり、火が消え、わずかな灰となって地面に落ちる。
上空ですっと消える様はまるで空に吸い込まれて星の一部にでもなるように見える。
リリーは母が亡くなり、父を看取った後すぐに荷物をまとめて惑星ティースを出た。
先祖返り…とは聞こえがいいがリリーの銀に近い薄紫色の髪、濃紺の瞳は両親とも違いティース中どこにもおらず疎外感…どころか迫害されて生きてきた。
ローブでなるべく姿を隠し、魔法で容姿を変え港に向かい、出航予定の船がたまたまエライユ行きだというので乗せてもらう事にした。
自分と同じように深くローブを被った人種の分からない行商の老人は船代は父の形見の懐中時計でいいと言い、不安をかかえながらエライユに向かった。
いつの間にか眠っていたらしい、エライユに着いたと聞いて急ぎ船を降りる支度をする。
老人は船の入り口で青年と話しており緊張で鼓動が早まった。
見た目で迫害され、避けるように生きてきた。
両親はとても優しく、不自由ないように、家の中で何でもできるようにと生活を整えてくれたが庭先にすら出ず、家の中で引きこもりの生活をしていたリリーにとって歳の近い青年と遭遇するのは随分と久しい。
船代は青年に渡すよう老人に告げられ、リリーは青年に金時計を渡す。
「……案内しよう」
エライユの海のような深い青の髪、目線を落とした金の目は優しくも厳しくもなく表情は読み取れない。
ティースでは見たことのない色だ。差し出された右手をぼーっと見つめていたがやがて自分の手を乗せるものだと思い至って慌てて手を取った。
震えていないか、手汗がひどくないか気になる。
「私はヴィントという。この国で騎士をしている」
「リリーベルと申します。よろしくお願いします」
挨拶の後優しく握られた手はタラップから地面に降りるエスコートをして離れた。
ぱちん、と大きな音が鳴りはっとする。
焚べていた木の水分が爆ぜ、一際大きな火の粉が上がった。
「危ないぞ」
後ろから腕を引かれ、リリーは二、三歩後ずさる。
幸い火の粉は焚き火台の中に落ち、特に怪我もない。
ありがとうございます、とリリーは礼を言った。
火を見つめているうちにいつの間にか来たばかりの事を思い出していたらしい。
「今度から椅子は全部石にした方が良いな」
リリーから火かき棒を受け取って焚き火台を平らしながらヴィントは言った。
「木でも石でも爆発したら危ない気がします」
と、リリーは返答した。
エライユでは爆発を基調に考えるのは良くある事である。
「ローソファー……」
ふたりで呟いて顔を見合わせるものの、爆発すればソファーのスプリングなど飛んできそうだ。
「床に這わせておくか」
腕を組んで言い捨てるヴィントを見てリリーはくすくすと笑った。
大分許容範囲の広い人で、そんな事を言ったところで結局椅子の設置を許可してしまうのだ。
「代わるからもう寝なさい」
リリーの両手にキャンディーをいくつか乗せるとヴィントはリリーを部屋に戻るよう促した。
はい、と礼を言って部屋に戻っていくリリーの後ろ姿をヴィントは見つめた。
部屋に戻る途中の外回廊でリリーはポケットの中にキャンディーをしまう。
「あ、わ…………」
夜なのでなるべく声を抑えて驚きの声を上げる。
うっかり翼を収納し忘れた自分の姿が窓に映っていた。
恥ずかしい、と両手で頬を覆ってリリーは回廊から走って自室に戻った。
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