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5 そうだ、冒険に行こう
中庭の椅子に座り込んだリリーは大きくはーっと息を吐いた。
「悩んでいるな。若者よ。冒険に出たいのだろう?」
いつの間にか隣に浅く座りフッと笑ったラーニッシュは足を組んだ。どうやってあの縄から抜け出したのだろう。
結構ぎっちぎちだったはずだ。
「えっ?いや悩んでは……冒険?出ませんけど……」
困惑するリリーにまあ待て、と本を差し出す。
「これは冒険家ユグナーの著書だ。ここを見ろ。」
「はぁ……これは……」
手のひらよりも大きな宝石かかげる男性の挿絵が描いてある。
「立派な宝石だろう。これがな、遺跡の最深部にごろごろしてるらしい。」
「そ、そうですか……」
……何だろう、すごく嫌な予感がする。
「女はキラキラしたものが好きだろう?」
「そうかもしれないですね……?」
「これがあればメイドたちも目の色を変えて儂が一番と言うだろう!?」
「そう……か……な…………?」
「そうに決まってる!と言う事で明日!早速出発するぞ!」
決意を確かに、ぐっと握りこぶしを作って立ち上がるラーニッシュは勇ましい。
「が、頑張って下さい……」
「何を言う。お前も一緒に行くと決まってるぞ!」
「何でですか!」
仰反るリリーに腕組みをしたラーニッシュはぐっと顔を近づけた。
「お前ここに来た時自己紹介で言ってたよな。料理掃除洗濯家事全般、剣はちょっと魔法はそこそこ使えますって。」
「……覚えてたんですねそんな事……」
「手伝えば報酬にヴィントをくれてやろう」
「いや本人の意思」
「儂は頭が良いからな、考えたのだ。ヴィントのやついつまで経っても女のひとりも側に置かんからきゃあきゃあ言われるのだ。お前もっとくっつけ。誘惑してこい。」
どこから突っ込めばいいのだろう。
「……私では役不足では?」
「んな事はない。全部脱いでヴィントの部屋に入れば即だ」
リリーはさーっと青ざめて両手で顔を覆った。
「さっきより立派な縄……」
「……三週間!王城の外に吊るしっぱなしに!」
してやる!とヴィントの声があっという間に遠ざかっていき、縄でぐるぐる巻きにされたラーニッシュがびっちびち引きずられていった。
こうして冒険家の旅は開幕せず終わったのだった。
「終わったの!だった!!」
そう言うとリリーは日の出前の薄暗い王城前の地面に崩れた。
「終わっとらん。こらから始まるんだぞ」
仁王立ちで偉そうな王。
またもや縄から抜け出したらしいラーニッシュに夜中に
「全裸でヴィントの部屋か、冒険に出るかどっちだ……」
と枕元で囁かれて心臓が飛び出るかと思った。
「どうなっても知りませんよ。私本当に、いろいろ初心者なんですから」
「ぼくも王城から出るの、初めてですー!一緒に頑張りましょうね!」
屈託なく笑うのはまだ子供らしいあどけなさを残した妖精の少年、ラーニッシュの部下トルカだ。
「儂はとっておきの秘策を考えてるから大丈夫だぞ」
「とっておき?」
首を傾げるトルカとリリーにラーニッシュは語ってみせた。
「ヴィントに手紙を書いたのだ」
「何て?」
「リリーは預かった。返して欲しくば剣を持って日の出前に王城前に来い」
………
ザッザッと砂を蹴る足音が聞こえる。
何だか気のせいかヴィントの背中から闘気のようなものがゆらめいてるような気もするし、剣も目も怪しく光ってる様な気がする。
リリーはぶわーっと滝汗をかいてラーニッシュの背中にとりついた。
「スッゴイ怒ってるじゃない!謝って!!今すぐ謝るの!!!」
「そうですよ!ホラ地面に頭つけて!」
ぐいぐい押したがびくともしないラーニッシュをトルカが遠慮なくよじ登り頭にとりついて地面にこすりつけた。
……扱いを心得た部下である。
儂は!何も!悪くなかろうが!!!じたじたするも抜け出せないあたりトルカはかわいい外見に似合わず怪力なのかもしれない。
「あ、あのー、ヴィント様……」
恐る恐るリリーが話しかけるとヴィントは剣を鞘に納めた。
「優しくするとつけあがるからな。毎回蹴っても良いんだぞ?」
リリーはちらっとラーニッシュを見た。
……蹴るにはちょっと硬そうだ……
「踏みます」
くそー!どいつもこいつも!吠えるラーニッシュをどうどう、とトルカが諌めた。
「行くなら早くしろ」
ヴィントはラーニッシュを促してからリリーに
「気負わなくて良い。危なくなったら王は置いて帰ろう」
と告げた。
こうして始まりそうで始まらなかった冒険は、結局始まってしまった。
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