冬の蝶

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机の上には使ったままの状態のメイク道具と、ストローの入った細長いジュース用のグラスが残されていて、薫子があわただしく舞台に出ていったことをうかがわせた。 「このグラスは昨日のまま?」と柏木は前園に尋ねた。 「いえ、レモンジュースが少し残っていたので成分を調べました。異物の混入はなし。ごく普通のジュースです」 「ジュースを出したのはあなたですね?」と堂島が村上に言った。 「ええ」 「薫子さんの注文で?」 「いいえ、喉が渇いていらっしゃるご様子でしたので、私の判断でお出ししました。レモンは疲労回復に効きますし。近くの喫茶店に出前をお願いしたんです」 「ジュースを出した後もここに?」 「いいえ、ドレスの着付けをお手伝いしたあと、私は先に舞台袖に戻っていました」 「そのままカーテンコールまで? 青嶋さんを呼びに行かなかったんですか?」 「ステージの進行はBGMでわかりますから。アップテンポの曲がフェードアウトしたらカーテンコールの合図です。そして、先生が登場すると、サティの曲が流れる」 「なるほど。それで、蝶が飛んでいるところはご覧になりましたか?」 「ええ、先生はひどく驚いたご様子でした」
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