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「薫子さんが蝶嫌いだということは、あなたも?」
「はい、存じておりました。いつもの先生なら、蝶がいる舞台に残るはずがないんです。観客の前だったから、無理をなさったんだと思います」
「大喝采を浴びている最中でしたからね」
柏木は悩まし気な表情で部屋の中を歩き回っていたが、やがて、靴先で机の脇の床をこすりながら言った。
「ここ、少しねばねばしますね。何かこぼしたのかな?」
「そこに置いてあった芳香剤のボトルを、先生が倒してしまったんです。しっかり拭き取ったつもりだったんですが、まだ残っていたんですね」
「芳香剤か……」
柏木はその場にしゃがみこむと、右手の人差し指の先で芳香剤をこすり取って匂いを嗅いだ。
「甘い香りだな」
「こぼしたばかりの時は、匂いが大変でした」
「そうでしょうね。村木さん、香りの種類は覚えていらっしゃいますか?」
「ハイビスカスです」
「なるほど……」
柏木は小さくうなずきながらそうつぶやいた。
「十三年間、薫子さんのアシスタントを務めてこられたとうかがいましたが」と、今度は堂島が村上に尋ねた。
「はい。愛媛から上京して専門学校を出た後、すぐお世話になりました」
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