冬の蝶

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「若松氏が言っていたよ。裸一貫で世界的ブランドを築いた人間に、良識だの人徳だの、そんなものを期待するほうがおかしい、とね。彼らは同類なのさ。」 「青嶋という旧姓を名乗ってましたけど、離婚はしていないんですよね?」と前園が言った。 「ああ。青嶋薫子は三度結婚しているが、仕事はずっと旧姓で通してきた。今回の結婚はお互い三度目で、入籍する時に離婚届も用意したそうだよ。相手が判を押した書類をそれぞれが持っている。財産分与は要求しないという覚書も交わしている。が、いつでも簡単に離婚できるとなると、かえってどちらでもよくなるってことらしい」 「さっきも一緒に食事したとか言ってましたね。おまけにショーのアドバイスまでしている」 「夫婦間のことは、他人にはわからないものさ。とにかく、若松氏の女性関係や会社の経営状況は、俺が洗っておく……。しかしまあ、蝶が唇に留まっただけで、心臓発作とはね」  柏木がコーヒーカップを置いて言った。 「そうそう、それで、チェスクラブの後輩から聞かされた、蝶にまつわる江戸時代の怪死事件の話を思い出したんです。前園君、文学部の門脇佑馬を覚えているかい? 僕の一年下の」
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