冬の蝶

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「ええ、小説家になったんですよね。怪奇小説が人気だとか」 「一体どんな事件なんですか?」と堂島が尋ねた。 「建部綾足(たけべあやたり)という人物が書いた『折々草(おりおりぐさ)』という随筆というか奇談集の中に、蝶に命を取られた男の話というのがあるそうなんです。  あるところに、蝶と出くわすのが嫌さに、春先の晴れた日は家に引きこもるほどの、蝶嫌いの武士がいた。友人たちは蝶嫌いを治してやろうと一計を案じ、武士を雨の日に花見だと言って誘い出した。そして、酔いが回った彼を小部屋に入れ、三、四匹の蝶を放つとぴしゃりと戸を閉めてしまった」 「ショック療法にしても、少々趣味が悪すぎますね」 「まったくです。当然、部屋からは絶叫が聞こえ、逃げ惑う物音がする。が、しばらくすると、ぱたっと何の音もしなくなった。さて、これで蝶嫌いも治っただろうと悪友たちが中の様子をうかがうと、どうしたことか武士は息絶えていて、部屋に放った蝶も、彼の鼻の孔の中に入って死んでいた…… という話なんです」 「確かに奇談としか言いようがない話だ。しかし、実話なんですかね」 「作者は東北の人から聞いた実話だと記しているそうです」
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