冬の蝶

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 蝶は村上の頭上数十センチのあたりをしばらく舞っていたが、やがてジムノペディのゆるやかな旋律とともに下降しながら正面にまわりこむと、ためらうことなくふわりと彼女の唇に留まった。  村上朋佳は特に動揺した素振りも見せずに、右手の指先で難なく蝶をつかまえると、そっと自身の左肩に留まらせた。 「さすがは柏木先生、お見事です」と、彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら言った。  柏木は花道の下で蝶の動きを見守っていたが、成功を見届けると、花道に上って舞台に戻った。 「うまくいきましたね」と、柏木は堂島達に声をかけた。 「いやあ、大したものだ。柏木さん、いったいどうやったんですか?」と堂島が声を弾ませて尋ねた。 「まずは匂いです。着付けを手伝うスタッフの方にお願いして、ドレスの胸元のあたりにハイビスカスの香水をつけておきました。シロオビアゲハはハイビスカスの花の蜜を好むんです。蝶は甘い香りの香水によく反応するんですよ」 「すると、あのハイビスカスの芳香剤は……」
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