冬の蝶

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 頭上でちらつく黒い影に気づいた薫子は、スポットライトの光を右の掌でさえぎりながらいぶかしげにそれを見上げ、不意に表情をこわばらせた。  蝶はなぜか執拗に薫子にまとわりつき、顔面蒼白となった彼女は周囲の目も忘れて、狂ったように両腕を振り回し始めた。すでにアゲハチョウの出現が演出ではないことは明らかで、困惑した観客のささやき声が次第に広まっていった。 蝶はひらりと薫子の手をかわすと、ふいに彼女の唇に留まった。と、蝶に生気を吸い尽くされたかのように、両腕がだらりと垂れ、彼女は白目を剝いて仰向けに倒れた。  舞台袖に控えていたスタッフ達があわてて駆け寄って介抱したが反応はなく、薫子の持病の心臓病を心配してショーに同行していた主治医が、心臓発作による死亡を確認した。  マスコミや世間が事件に好奇の目を向けたのは言うまでもない話だが、警察の調査結果を受けてテレビのワイドショーなどの報道は一気に過熱した。蝶の翅に猛毒のトリカブトの粉末が付着していたことが判明したのだ。  東京大学応用昆虫研究室の准教授、柏木祐介がゼミの討論を終えて研究室に戻ると、彼のデスクの電話が鳴った。 「はい、柏木です」
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