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「赤坂くーん」
お弁当の唐揚げをつまみあげようとしていたやつの手が止まる。昨日から、珍しくやつは購買で買った瓶の牛乳を飲んでいたのだが、牛乳はまだ半分ほど残っている。僕は祐也の後ろで意味深な笑顔を浮かべている女子の顔を見た。立っていたのは金井さんと大倉さん。二人は忠犬ハチ公のように、祐也が振り向くのをじっと待っていた。
僕の正面に座る祐也の眉が、ピクリと動いたのが分かった。祐也が少しイライラしている時のサインだ。でもそんな彼にお構いなく、結局「待て」ができなかった女子たちは彼の前方へと回り込み、「ねえ」と声を上げた。
「赤坂くん——先生、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「先生」と口にした金井さんは、いたずらを思いついた生徒の顔をしている。祐也は真顔でじっと彼女の問いに耳を傾けて、やがて「なに?」と聞き返した。
「あのね、実は私たち、どうしても気になることがあって」
来た。
僕は心の中で声を上げる。
「……気になること、なに?」
またか、とでもいうふうに祐也はようやく彼女の顔を見た。一見すると面倒臭そうに見える祐也だが、僕は知っている。彼は心の中で今、ときめきを覚えているのだ。
「風間小七不思議の一つ! と言っても、最近流れてきた噂なんだけど。中庭に低学年の子たちが育ててる朝顔があるでしょう? その中の一つだけ、ものすごい早さで伸びる朝顔があるんだって。ねえ、不思議じゃない?」
金井さんたちの話を聞いた途端、祐也の瞳がぱっと輝き出した。
「ほう」
ここまでくればもうあとは容易い。祐也は、学校中のありとあらゆる不思議な現象や謎を解くのが趣味なのだ。六年二組のクラスのみんなも、祐也に聞けば謎が解決するからって、祐也のことを「先生」だなんて呼んでいる。
そんな祐也とこのクラスでは一番仲が良いと自負している僕——加藤涼介は謎解きをする先生の隣で、いつも彼を見守る役割を果たしている。ホームズの助手ワトソンみたいなもんだ。なんて、勝手に僕が妄想しているだけだけど。
「ね、先生も気になるでしょ? 私たちも気になっちゃって——」
大倉さんが、金井さんの隣でぴょんと跳ねながら祐也に詰め寄る。祐也の目はすでに彼女たちを見ていなかった。
「急成長する朝顔の謎を調べてください!」
女子二人に懇願される前に、祐也はカタンと席から立ち上がった。ただ、立ち上がってから残りの牛乳を飲み干すことだけは忘れない。食べかけのお弁当の中で、艶やかな卵焼きが寂しそうに置き去りにされた。
「あれ、赤坂くんどうしたんだろう」
金井さんが不思議そうに、教室から去っていく祐也の背中を見つめる。大倉さんは「怒らせたかな?」と心配しているようだ。
「祐也なら大丈夫。あいつはもうやる気満々だから」
「そうなの? 先生の考えてることは凡人の私たちには分からないね」
肩をすくめながら答える金井さんだったが、その目はどこか嬉しそう。僕は、祐也が向かった先を予想して、彼の後を追った。
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