「先生」の背中

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 来る放課後、帰りのHRが終わると、僕たちは淡々と荷物をランドセルに詰めて教室を後にした。クラスでは、「また先生が新たな謎解きに取り掛かったらしい」とすでに噂になっている。  コの字型の校舎の中庭は、夕暮れ時の今、半分ほど日影になっていて初夏だというのに肌寒かった。中庭の真ん中にはドジョウやコイが棲んでいる池があるのだが、その池の前に、朝顔の鉢植えがずらりと並んでいた。僕たちも、1,2年生の時に育てた記憶がある。あのお馴染みの、青いプラスチックの鉢はいつ見ても懐かしい。 「僕さ、1年生のころ、朝顔の鉢をひっくり返したらナメクジが大量にひっついてて、腰を抜かしたことがあるんだよね」 「ああ、そんなこともあったね。確か、僕も君と同じクラスだったから覚えてるよ」 「そっか。他の人もほとんどナメクジがついてたみたいだけど、僕のだけやたらと多くてさあ」 「君の鉢植えを置いていた場所が悪かったんだよ」  今となっては笑い話だが、幼い頃に不意打ちで見たナメクジはかなりのトラウマとなっている。 「で、問題の朝顔はどれだろう」  祐也は謎解きという目的を果たすため、一挙に並べられた朝顔の鉢植えを一つ一つ眺めようとしていた。だが、すぐにその必要がないことが分かった。 「あれだね。確かに、一つだけ蔓がやたらと長いし、綺麗に花も咲いている」  祐也は、一番後ろの真ん中あたりに置かれている一つの鉢植えを指差した。  その鉢植えの朝顔は他の朝顔と比べると、かなり大きく見える。他の朝顔は、まだ花が咲いていないもの、咲いていてもまばらにしか咲いていないものがほとんどなのに対し、件の朝顔は大きく花を開き、蔓は1メートルほど伸びていた。支柱からはみ出しそうな勢いの朝顔の蔓は、かっけっこで1等賞をとった子供みたいに誇らし気に生きているように見える。  僕と祐也は互いに顔を見合わせて、その朝顔の前まで進む。土はよく湿っていて、きちんと水やりがされていることが分かった。 「たくさん並んだ朝顔の中で、一つだけこんなにぐんぐん伸びてるのは、確かに不思議だね」  僕は純粋に驚いていた。中庭にある朝顔の謎は本当だったんだ。 「そうだな。これだけよく伸びてると、この朝顔の持ち主じゃない他の子たちは羨ましいって思うだろうな」 「羨ましいか……」  確かにそうかもしれない。僕も、正直朝顔をうまく育てられなかった記憶がある。隣の席の子が綺麗な花を咲かせているのを見て、「いいな」と苦い気持ちを抱いたのを思い出した。  僕たちがなんとも言えない気持ちで一等賞朝顔を眺めていると、後ろでザッという足音が聞こえた。  僕と祐也は、はたと同時に後ろを振り返った。でも、すぐ後ろの植木の向こうには誰もいない。 「今、誰かいた?」 「さあ、どうだろうね。イタチでも通ったんじゃない?」  祐也の口からイタチという言葉が出てきて、僕はまた過去の記憶を手繰り寄せる。去年の春、確か「誰もいない中庭で足音が聞こえる」なんていう七不思議が流れていた。その正体がイタチだったという真相を解いたのも祐也だ。  あの事件のあと、先生たちがイタチが学校に入らないように色々と対策を打ってくれたはずだけど、効果がなかったのだろうか。  そんなことをぼんやりと考えていると、辺りが薄暗くなり始めていることに気づいた。今日は六時間授業だったから、いつもより日暮が早く感じられる。 「今日のところはこの辺にしておこう。明日また観察に来るよ」 「了解。あ、僕も一緒に観察に行った方がいいよね?」 「どっちでもいいよ。君に任せる」  祐也は時々、僕のことをどうでもいいように扱うからちょっとばかり悔しい気持ちになる。どっちでもいいと言われたけど、明日も観察に行こう、と心の中で意気込んだ。
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