「先生」の背中

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 だが、僕の決意もむなしく、翌日の放課後に僕は先生に呼び出された。自慢じゃないが、僕は人に怒られるようなことはしたことがない。クラスに一人はいるやんちゃな男の子たちとは違って、どちらかと言えばおとなしく、クラスでは目立たないタイプだ。そんな自分が放課後に呼び出されるなんて、ドキドキと緊張が収まらない。  祐也に、「今日の放課後は観察に行けなくなった」と伝えると、「そうか」とそっけない返事が返ってきた。ちょっとは残念がってくれよ、と身勝手なことを思う。 「じゃあ僕の方は一人で調査を続けるよ。君も何か分かったら教えてくれたまえ」 「はあ」  気障な喋り方をする祐也は、完全に探偵モードに突入している。なんなら、授業中に先生に当てられても上の空状態だから大丈夫かと心配になる。それでも、求められた問題の答えを流暢に話してみせるのだから、先生も文句のつけようがないらしい。  放課後、僕は先生に言われた通り、職員室にやって来た。  職員室に入るなんてイベントは滅多にないので、僕はそろり、そろり、と忍者のような足取りで担任の元へと向かう。 「おお、加藤、来たか」 「はい」  先生は僕の姿を認めると、隣の空いている先生の椅子に座るよう促した。コーヒーの匂いが充満する室内は、子供の僕の鼻には刺激が強い。見ると、先生の机の上に、たんまりとカップに注がれたコーヒーがあった。 「今日は加藤にちょっと聞きたいことがあってな。あ、もしかして怒られると思った?」 「い、いえ。悪いことをした覚えはないので」 「だよなあ。お前、本当にびっくりするぐらい何もないもんな」 「はあ……」  何もない、と言われるとなんだか心外のように思える。まるで僕がつまらない人間みたいじゃないか、と反抗したくなる気持ちを抑えて、僕は先生の次の言葉を待った。 「ごめん、前置きはさておき。単刀直入に言うけど、クラスでちょっとした問題が起こってるんだ」 「問題?」 「そう。実はな、ある男子が別の男子に、身長が低いことで揶揄われているという証言があったんだよ。教えてくれたのは女子グループで、彼女たちは嘘をつくようなタイプじゃないから、本当なんだと思う」  先生がなぜ僕を呼び出してクラスの問題について話してきたのか、なんとなく察しがつく。先生は比較的真面目な僕から、さらなる情報を聞き出そうとしているのだ。だが残念ながら、僕はクラスで起こっている揉め事について、つゆほども知らない。 「そうなんですか。初めて知りました。少なくとも揶揄われてるのは僕じゃありません」 「まあ、加藤は最近身長がぐんと伸びたもんな。今、何センチだ?」 「155センチ。去年は143センチだったので、だいぶ伸びました」 「そうか。それはすごいな。加藤は違うよな。もし何か分かったら、先生に教えてくれないか?」 「分かりました。その時は伝えます」  先生は、僕がクラスの揉め事について何も知らなかったことについて、特に責めることはなかった。僕は、「失礼します」と言って先生の元を立ち去った。職員室から出ようとしたところで、ふとある人物の姿が目に入る。 「え、祐也?」  祐也が、見慣れない女の先生と何か話していた。職員室のデスクは学年順に並んでいるから、祐也が話している先生が2年生の先生だと分かった。名前は知らない。でも、どうして祐也が2年生の先生と……?  とそこまで考えた時、そうか、と納得する。  祐也の頭の中はいま、朝顔のことでいっぱいだ。朝顔は1年生と2年生の生徒が育てている。だから、1年生と2年生の先生に聞き込みでもしているのだろう。  もう朝顔の観察には行って来たのだろうか。僕がいなくても、やっぱり祐也はちゃんと「先生」としての役割を果たしている。苦い気持ちが胸の中にじわりと広がった。
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