「先生」の背中

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 それから1週間、僕と祐也は朝顔の観察を続けた。  僕は習い事などの用事で観察をできない日もあり、そういう時は祐也が一人で黙々と観察をしていた。一緒に様子を見に行った時には、祐也が例の朝顔の葉を触ったり、形をよく見たりして本当に「観察」をしているようだ。まるで自分たちが朝顔を育てている気分になる。件の朝顔は毎日、びっくりするほどよく伸びていた。支柱からはとっくにはみ出して、行き場を失った蔓が下へと垂れ下がっている。  昨日は放課後ににわか雨が降った。かなりの土砂降りで、僕たちが朝顔の観察をして自宅へと帰る途中で降り出してきた。幸い僕は、母親から渡された傘を持っていたので事なきを得たけれど、それでもランドセルはびしょびしょに濡れた。雨はすぐに止んだので、ちょっと運が悪かったかもしれない。  翌日、僕と祐也は朝に再び中庭へと向かった。いつもどおり放課後に観察に行くのかと思いきや、なぜかこの日だけ、祐也は朝に観察に行こうと言い出した。放課後に何か用事でもあるのだろうか。僕は、疑問に思いつつ祐也について朝イチで朝顔の元に向かう。 「足跡がある」 「え?」 朝顔の近くに駆け寄った祐也が、第一声でそう発した。 「ほら、この朝顔に向かって歩いてくる足跡と、帰る時についた足跡。つま先の部分が逆を向いているだろ? それに僕たちよりも随分小さい足跡だ。きっとこの朝顔の持ち主だろうね」 「はあ、なるほど。確かに言われてみれば足跡があるな」  相変わらず鋭い観察力だな、と感心していると、祐也は「おかしいと思わない?」と僕に疑問を向けた。 「おかしい? 別におかしくないでしょ。だって朝顔の持ち主なら自分の朝顔を見にくるなんて当たり前じゃないか」  僕は当然の答えを伝える。だが祐也は首を横に振った。 「違う。この足跡がついた時間を考えると、どうしても不自然なんだ。涼介、昨日僕たちが朝顔の観察をして帰った時間ににわか雨が降っただろ? それもかなり土砂降りだった。あの雨は、中庭についた足跡をすべて流していった。僕たちが観察のために訪れた時についた足跡もね。だから、今日朝一でここに来れば、誰の足跡もついていないはずなんだ。それなのに、足跡はついている。しかもかなり深く沈むような形で残っているところを見ると、この足跡がついたのはまだ地面がぬかるんでいた時だよ」 「それってどういう……」  捲し立てるような祐也のセリフに、僕は圧倒されていた。始まる。祐也の推理タイムが。祐也の目の奥に光が宿っている。僕はごくりと息をのんだ。
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