「先生」の背中

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「真相は、分かった。でもどうして……どうしてかける君はこんな手間のかかることをしたんだ?」 「……これは僕の憶測なんだけど」  彼の双眸が、静かに揺れる。 「かける君は1年生の時、朝顔の成長が遅く、最後には枯らしてしまったそうだ。これも去年の担任だった先生に聞いた。それがきっかけで、クラスで揶揄われたんだと。ここまで聞いたら分かるよね? 彼は、今年は絶対に朝顔を枯らすわけにはいかなかった。それだけじゃない。みんなより一番朝顔を上手く育てて、去年の屈辱を晴らしたい——そう思っても、不思議じゃないと思うんだ。だからかける君はみんなが確実に家に帰った後の時間になって、朝顔を取り替えていた。誰にも気づかない時間帯に。にわか雨が止むまで待っていたんだ」 「……」  祐也の言葉が、すっと胸に降りてくる。  同時に、先週職員室で担任から聞いた、「身長のことである男子が揶揄われている」という話を思い出してはっとした。  もしかして——と、僕は祐也の顔を見つめた。祐也が「なに?」とでも言うように僕を見つめ返す。その目は、僕を試しているように感じられて、ごくりと生唾を飲み込んだ。 「祐也って、最近よく牛乳を飲んでるよな。それってもしかして……」 「……そうだね。僕は、この1年で君に身長を大幅に抜かれてから焦ってたよ。だから、かける君の気持ちも分かるんだ」  祐也の声はどことなく萎れていて寂しそうだった。  僕はずっと、クラスで「先生」と崇められている祐也に憧れていた。だが同時に、嫉妬もしていた。祐也だけが僕の欲しいものを全て持っていると。  でも本当は違ったのかもしれない。僕は祐也のことを、何も知らなかったんだ。 「さあ、もうすぐ始業のチャイムが鳴る。教室に急ごう」  祐也の背中が、いつもよりも小さく見える。  僕は彼に追いつくか追いつかないかの距離を保ちながら、一歩ずつ進んだ。 【終わり】
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